花のお江戸が語るには

先日、ミクシィでお世話になっている方々3人と、スカイプ対談をしまして。
そこで出たトピックで、こんなものがあったですよ。
「もしタイムマシンがあったら、過去と未来、どちらに行きたい?」

ちなみに私の答えは「過去」でございます。
歴史のあれこれ、見られるものならこの目で見てみたい。勿論絶対不干渉はお約束。
未来は先のお楽しみでとっておこう。自分次第で作っていくものだし。
なんて考えたのであります。

そしてお嬢と旦那にも聞いてみたら。
お嬢:「過去に行って、歴史をこの目で見てみたい!」
私の心を読んだのか、と思ったです。さすが歴史オタク。


旦那:「未来に行って会社情報をチェックして、帰ってから株を買う
その手があったか。(愕然)


以来、すっかり未来派に転びました。私の脳内、煩悩だらけ。

* * * * *

【イベント】
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寄席、というものに行ってみた。すでに人生後半に入ってるのに、実は生まれて初めてだ。



なぜにカリフォルニアで寄席? や、別に金髪・青い目の落語家さんの寄席じゃないよ。
このエリアに住む方々と企業のご努力で、六代目・三遊亭圓橘師匠を日本から招いて下さって。この渡米公演、すでに今年で五回目。

お嬢が段々と落語に興味を持ち始めたので、日本に行ったらCDでも買ってこようかと思っていた矢先。生で体験できるなら、こんなにいいことはないよね。
そう思って、家族で繰り出すことにしたんだよ。


公演は二部構成。第一部が「こどもたちのための落語のつどい」、第二部が「圓橘の会」
一部はどうしようかと迷ったんだけど、なんせ日本文化に弱いお嬢がいるわけで。興味ある話が聞けるかも、と一部から参加してみたよ。

行ってみてわかったこと。第一部は、日本語補習校の保護者の方々が強く望んで、実行された企画なんだって。だから会場には、懐かしいお嬢の元同級生もちらほらと。
ちっちゃい子から大きい子まで、お客の半分以上が子供達。

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お囃子にのって台に上がられた圓橘師匠。さすが、羽織袴がばっちりとお似合いで。ニューヨーク公演を終えられたその足で、カリフォルニアまで来て下さったとのこと、お疲れもあっただろうに、そんな様子は全く見せず。
動作の一つ一つが、登場の時からどこか違う。所作が決まってる、と言えばいいのかな。

まずやって下さったのは、お馴染みの「時そば」。淡々と噺は始まったけど、とにかくそばを食べる仕草の何と上手い(美味い)こと。もう口の中、ヨダレでいっぱい。
そして「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……」のところで、とんとんとんっ!と畳み掛けられるインパクト。筋は良く知っていても、全く違う話に思えてくる。

話終えた後、師匠がまずは口頭で、そしてその後の親子落語体験を通して教えて下さったのは、
 ・扇子や手ぬぐいの使い方
 ・”間”の重要さ
 ・立ちから座布団に座るやり方、正座の仕方
 ・おじぎの仕方
 ・そばの食べ方

落語家が小道具として使うのは、扇子と手ぬぐいのみ。演劇だったら色々手に持つところを、この2つだけで表現する。
そこで大事になってくるのが「目線」。例えば扇子を刀に見立てるとすると、手に持つ扇子は短くとも、それを持って目線を縦に上下させることで、「長さ」を表すことになる。
そんな高度なパントマイムの側面もあったということ、そして噺家さん達は、そういう日常の仕草をいかに自然に表現するかということを、身体でも相当に修行を積まなければならない、と知らされた。

師匠の立居振振舞の秘訣はここにあったか、と納得し、続けて思い出したのが、最近の若者の行儀の悪さについてのエッセイで。
電車で足を投げ出す、立ってられなくてしゃがみこむ。あれは幼い頃から「型」を教え込まれた経験がないからだ、という論旨でね。
武道の経験があったり、思いっきり身体を動かして遊んでたり、家できちんと躾けられたりしていれば、自然と身体が覚える「落ち着く形」、そして振舞の自然さ・美しさ。それがないが故に、身体の取り扱い方がわからずに持て余しているのが、ああいう行儀になるんだ、ということ。

礼儀の心も大事だけれど、同時に身体も鍛えられないと成り立たない。それは日常においては勿論、芸という世界であれば尚のこと。

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第二部で演じられた噺は2つ。「包丁」「文七元結」
最初は「包丁」でこだわりなく笑って、「文七」でほろりとさせられる構成。
正直言うと、師匠の口調か、マイクがなかったせいか、なかなか聞き取りづらくてね。それとも、生落語ってそういうものなのか。
にも関わらず、要所要所はちゃんと響いて、最後はめでたしの大拍手。うーん良いねえ、久々に触れる人情噺。

最後にちょっとだけ質疑応答の時間があってね。
そこであるお客さんが、「包丁」のオチが良くわからなかった、ということをおっしゃって。確かにあの噺の最後、師匠はこれまたタタターッと流れるように早口で流したから。
でもね、師匠によれば、それが噺家さん達の考える”粋”なんだと。それもわざとらしく強調したり、大げさに語るのではだめで、あくまでさらりと何でもないことのように、というのが肝心だと。


改めて思ったことだけど。落語を含め、日本の古典芸能って、知識があればあるほど楽しめる作りになっていて。
例えば「文七元結」に出てきた、腰巻・吉原・女郎・身請け、こういった言葉をお嬢は全く知らなかったので、後で説明されて、「ああ(両手でポン)」という流れになるのはどうしようもない。ましてや”粋”という概念など、どうやって会得すれば良いものか。
かくいう私自身だって、つっこまれれば上手く説明できないものが沢山あったから。

そう考えると、こういう芸能の行先はどういうところになるんだろう、という思いが浮かぶ。
それは一人の親として、こういったものを子供に伝えていこう、という考えも良いだろうし。知識が足りないのは時代的に仕方がないから、新しい形を求めた方がいいのでは、という意見もあるだろう。
それはもう、今更私ごときが考えるようなことでは全くない、絶えることのない議論なのだろうけれど。少なくとも米国という場所にいて、本物の落語を味わえた喜びは格別のものだったから。私個人が考えるのは、これがきっかけということで良いんじゃないか、そんな風に思ってみる。


ところで「文七元結」のクライマックスシーンで、一瞬だけ師匠がつまったところがあったんだ。
その時はなんとも思わなかったんだけど、質疑応答の時間になって出てこられた師匠が、赤い鼻に手ぬぐいをあてながらおっしゃるには。
「いや、お恥ずかしいんですが、実は花粉症が出ちゃってまして。必死にこらえてたんですが、最後の最後であんな形に……」

粋です師匠ーーっっ!!(爆笑)
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by senrufan | 2007-10-14 12:42 | Trackback | Comments(12)
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Commented by まきりん♪ at 2007-10-18 14:50 x
タイムマシーンがあったら未来に行きたいな。
どんな世界になっているのか見てみたい。
新し物好きなのかも。(笑)

カリフォルニアに寄席が立つとは思いもしませんでした~
バンクーバーでもそのような催しがあるらしいけど、聞き逃してしまいました。残念。
Commented by すれっぢ at 2007-10-18 22:55 x
なんか日本では落語の人気が上がってるようですね~。生で噺家さんが
やるの見たことないのですが、一度見てみたいです。

日本の芸事全般に言えると思うのですが、どんどん専門化して、その中身をよ~く知らないと楽しめない部分があると感じますが。職人文化の日本だから、進化すると必ず奥が深くなって、素人にはとっつきにくくなるような。その中でも落語はまだ門戸が広い方なのかな~。

Commented by usayamama at 2007-10-18 23:38
うわ〜粋だわ!私も寄席は未経験ですが、必ず好きなはずです。
やっぱり江戸モノいいですね。異国の地での落語は格別なのでしょうね。
「文七元結」は歌舞伎にもなっています。
江戸情緒満載で大好きなお話のひとつです。
元は落語だと言う事なので、いつか本家を聴いてみたいんです。
Commented by NONO at 2007-10-19 10:29 x
わ~いいですねーアメリカまで噺家さんが来てくださるなんて!
江戸の文化を知らないとわからない部分もあるけれど、
逆に落語を色々聞いてなんとなくわかったような気になったり
する事もあります。噺家さんの方でもわかりやすく解説して
くれたりしますしね。あ~また「タイガー&ドラゴン」が見たくなって
きちゃった~。

あ、若手さんのですが、このサイトで落語が聞けますよん。
ご興味がありましたらどうぞ(^^)。
http://www.podcastjuice.jp/rakugo/
Commented by Miyuki at 2007-10-19 11:52 x
*まきりんさん
そうそう、まきさんは未来派でしたね。ご自分の死ぬところを見てみたいというのは、新し物好きだから?(笑)

バンクーバーなら日本人も多いし、日本人向けの催しも多そうですね~。
Commented by Miyuki at 2007-10-19 11:56 x
*すれっぢさん
ほお、日本で人気が! それは良いことだなあ。一回生舞台を観ると、CDじゃ物足りなくなるのがツラいです~。口上だけでも十分楽しいのですが、演技が入ってこそなのですねえ。

そしてすばらしい洞察。専門化、その面は大いにありますねえ。古来からの文化ですから、いかに現代化に努力しても、少なくとも一定レベルの基礎知識がないと、というのがね。でも確かに、落語はまだ楽な方かもしれませんね。
Commented by Miyuki at 2007-10-19 12:00 x
*usayamamaさん
なんと、あれは歌舞伎にもなっているですか!さすがうささん、通だわあvv
江戸モノ、ほんとにいいですね~。や、知識もないくせにお恥ずかしいんですが、でもあの鎖国時代に育まれたものって、どこの国にも自慢できる独自の文化で、しかもそのベースが人情・粋。やっぱり好きだなあと思うです。ああ、うささんのそばにいられたら、色々教わりたいっ!
Commented by Miyuki at 2007-10-19 12:04 x
*NONOさん
そでしょー、ラッキーでしょー♪ それにきっと日本よりずっとチケットが安いと思う!(笑) そうそう、落語プラス解説っていいですよね~。題材が元々身近なところ、更にわかりやすく補ってくれるのがいいところ。私もタイドラまた見ようかなーと思いました、お仲間!

きゃあ、NONOさんってば、またまた嬉しい情報を! わあいわあいありがとうございますぅ、嬉しいです~vv(愛)
Commented by マミィ at 2007-10-19 15:26 x
そもそも「粋」の定義は何だろうと辞書を引いてみたよ。「粋」は「意気」から転じた言葉だったんだね~!「気性・態度・身なりがあか抜けしていて、自然な色気の感じられる・こと(さま)。粋(すい)。⇔野暮」。

「粋」であるには「意気込み」ばかりの「気性」だけではだめで、おしゃれをして「身なり」を整えれば良いわけでもなく、「態度」と3つ揃ってこそなんだね!そうじゃなくて自分を「粋」と思っている人こそ「野暮」で格好悪いんだろうなと、またも考えさせられた朝。Miyuki嬢、ありがとう。
Commented by peartree22 at 2007-10-19 16:35
わぁ、生の寄席!いいですねぇ。会津では各年町内会で「銭湯寄席」といって、三遊亭門下の方がいらっしゃっていたのですが、いずれも都合がつかず聞けずじまい(夫とちょうどきていた義母は聞いたのですが)。
落語って小さい頃NHKの寄席でよく聞いてましたから、大好きなのです。
小さい子どもでも集中して聞くのが「落語」なんですって!
江戸っ子ではないですが、「粋」というのは本当に会得したいけれども、会得できないものなんですよね。たぶん小さい頃からの環境も影響してくるのでしょう。
日本文化に疎い私ですが、やはり娘には生の日本文化を小さい頃から体験させたいなぁと思います。
Commented by Miyuki at 2007-10-20 12:24 x
*マミィさん
わあい、さすが姉さま、ばっちり調べてくださったのですね! 嬉しい、勉強になります!
なるほどなあ、気性と身なりと振舞かあ。要は内面からにじみ出るものが全ての基礎になっているわけだから、相当な修行が必要な気がしますなあ。そりゃあ私が野暮なはずだわはっはっは(虚ろな目)
……精進します。ちょっと滝に打たれてこよう。(浴室に向かう)
Commented by Miyuki at 2007-10-20 12:29 x
*ちゃんさま
銭湯寄席、という名目がまた良いですねー! 本来、落語はそのような身近な娯楽であったのでしょうね。
それに幼い頃から親しんでこられたちゃんさま、何よりの教養だわあ、憧れますvv 小さい子でも、リズムの良いものであればついていけるのでしょうね。
今日友人と、子供の日本語教育ことなど色々話したのですけど、結論は「親の努力が相当に物を言う」。お母さんががんばれば、必ず身につくものがあるはずですよね。うちもがんばります! ってか、まず私がキョーヨー高くならなくてはいかーん。


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