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共に歩んだその年月を

National Day (Belgium)

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【雑事】
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「ハリー・ポッター」シリーズの最終巻である7巻、本日発売。
この日が早く来てほしかったような、まだ来てほしくなかったような。1冊の本の発売に、これだけ世界中が一喜一憂することは、もう滅多になかろうなあ。



前回と同じくCostcoに行き、山積みされたCDの箱から1つ手に取る。この表紙やケースのイラストも、毎回趣きを変えていて、それもささやかな楽しみの一つだったな。
店員のお兄さんが本を手に、「Harry Potter! Good price!」と呼ばわっていて。
本はAmazonが安いけど、うちが買うAudio Bookは、確かにCostcoの方がぐっと安いのだ。正解だぜお兄さん。(親指立て)


駐車場で早速ビニールカバーを取り去り、家に帰りがてら、車でCDを聴き始める。我が家ではすっかりお馴染みとなった、Jim Daleの深みのある声が流れていく。

7巻のCD、全部で17枚、時間にして21時間。これから延々と聴いて聴いて、最後に行き着くのは何日後か。
またまたその日が早く来てほしいような、ほしくないような。


しかし私は残念ながら、ずっとプレイヤーの前にいるわけにはいかないわけで。こうやってPCの前に座ったり、夕食の支度などもしなければならないわけで。
その間にお嬢は、がんがん一人で聴き進めていく。途中退席しなくてはならない私への配慮など、皆無に等しい。
さっきも、ちょっと外の空気を吸いに行ってくると言って、ウォークマンでCDを聴きながら散歩に行っちゃったし。(こらああ持っていくなああ)

まあそれだけならいいんだが、問題は区切りのいいところで部屋から出てきては、「ママ大変!」と内容をバラしに来ることで
やめてくれええ、私はネタバレなしで聴きたいんだああ、と抵抗するも、彼女も早く誰かとその興奮を分かち合いたくてうずうずしてるので、耳をふさぐ私の手を押しのけながら、「あのね、クリーチャーがねーっ!」と強引なことこの上なし。

おかげで私が一人で聴くよりも数倍の早さで、7巻の中身を知りつつあります。
ああもういいよ、どんどんネタバレしてくれよ……(逃げ回るのに疲れた)

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聴き終わる前に、こんなハリポタ・トリヴィアなど。


『Harry by the Numbers』

2 = 未撮影の映画の数
7 = ヴォルデモートが持っていると思われる、ホールクラックスの数
17 = J. K. ローリングがハリー・ポッターの話を思いついたのは17年前
17 = 第7巻でのハリーの年齢
21 = 第7巻のオーディオブックのトータル時間
41 = J. K. ローリングの年齢
63 = ハリー・ポッターが翻訳された言語の数
230 = J. K. ローリングが1分あたりに稼ぐ金額(単位:$)
4,178 = ハリー・ポッターの本のトータルページ数
16,700 = 初版に使われた紙の重さ(単位:トン)
400,800 = 初版用の紙の為に使われた木の本数
2,500,000 = J. K. ローリングの資産で買える、Alvin's wandsの数
75,000,000 = J. K. ローリングが2005年に稼いだ額(単位:$)
325,000,000 = ハリー・ポッター本の販売総数
500,000,000 = 今までの4本の映画の制作費(単位:$)
3,538,297,759 = 今までの4本の映画の興行売上(単位:$)
      
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【個人的事情】
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「ハリー・ポッター」の第1巻が英国で発売されたのは、1997年6月26日のこと。
作中で経過した年数は7年であるが、本の発行は最終巻の2007年7月21日まで、足かけ10年に渡ったことになる。

以前にも書いたけど、病院のボランティアをしていた頃、一緒のグループにいたおじいちゃまに見せられたのは、TIMEのハリポタ特集記事。1巻がアメリカで発売され、ベストセラーになったことをうけ、ローリングのインタビューや経歴紹介がのっていて、彼女がシングルマザーで、爪に火を灯すような生活の中で書き続けたというエピソードが、深く心に残ったもの。

お嬢が6歳の時に、ハリー・ポッターを紹介して。テープを聴くことから始まった彼女は、今では立派なポッタニアンの一人。
特に最初の頃のはまり方はかなりのもので、テープを一通り聴いた後、2回目になると、どのシーンでテープを切っても、その続きがそらで言えるほど。改めて子供というのは、好きなものに発揮する集中力は大したもんだと実感した覚えがある。(放り出された数学の宿題をにらみつつ)

6巻分の本とオーディオブック、日本語版。これに今日、7巻のオーディオブックが加わって、数ヶ月後に7巻のペーパーバックと日本語版が仲間入りすれば、それで我が家のハリポタコレクションは完了となる予定。
まさか全巻、アメリカで自分で買うことになるとは、前巻が発売された時点では、正直思ってもいなかった。


10年という歳月は、誰にとっても短いものではなく。
作者のJ. K. ローリングにとっても、生活の激変は勿論のこと、再婚・妊娠・出産という私生活の大きな転換期にも相当し。
そんな中で共に歩み続けたハリー・ポッターとその世界を、ライフワークと言うには簡単だが、今後の彼女の活躍にも期待する身としては、まだそう呼ぶには早すぎると、口に手をあてる。

恐らくネットや新聞には、7巻のレビューや感想がすでに沢山寄せられていることと思うけれど、きっと喜びの声だけではないんだろう。
どんな小作品さえも、受けとめ方と感想は、それを読んだ人の数だけあるはずで。そして他人の感想に批判の声をあげることは、本来正しいことではないはずで。
だから私は私なりの感想を、読み終えた時に抱くのだろうけれど、ただ一つ危惧するのは、「納得できる形の終わり方」であるかどうか。
それもまた、百人いれば百通りの、千差万別のものであるのは承知の上で、それでもできたら、と願っていること。

しかしそれ以上に、例え100人のうち、99人までが幻滅しても、ローリングが納得する形であるかどうかが、より気にかかる。創作品というものは、最初から最後まで創り手のものだと思うから。
彼女にとって、この10年という年月がどういうものであったのか、そしてハリー・ポッターがどういう形で存在したのか。その片鱗を垣間見ることを期待して、7巻を読み終えた後に、彼女のインタビューを初めて読んでみようと思っている。


奇しくも3日前の水曜日は、お嬢と私の10年目の渡米記念日でありました。
by senrufan | 2007-07-21 10:27


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