所も品も変われども

本日のQuoto。
Patience is the key to contentment.
           ------Mohammed
お嬢のクラス、イスラム世界についての勉強を始めました。
図書室で文献を探していた彼女は、モハメッドが「地獄を見たら、女しかいなかった」と言ったという記述を読んで、いたくおかんむりでした。

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【買い物】
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梨の実の 金色の甘さ 秋一つ




日本の梨は、こちらではAsian Pearという名。豊水と二十世紀が売られている。
オーガニックのAsian Pearが3種類並んで売られていたので、喜んで近づいたのだけど。

写真左から、Asian Brown Pear、Asian Yellow Pear、Asian Orange Pear。
どう見ても、
左と右は同じ豊水だと思うのは私だけですか

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【雑事】
中東のある王様のお話。

彼は王国の賢者を集めて、こう命じた。
「世界中の知識を一箇所に集めて、わが息子たちが読んで学べるようにせよ」
賢者たちは早速仕事にとりかかり、1年後、25巻の事典を作って献上した。王はそれを見て言った。
「いや、これでは長すぎる。もっと縮めよ」
そこで賢者たちはまた1年間作業をして、今度は1巻の書物を持ってきた。すると王はまた言った。
「だめだ、まだ長すぎる」
そこで賢者たちは更に1年を費やした後、王に1枚の紙を渡した。そこにはたった1つだけ文章が書いてあった。

「これもまた過ぎ去る」


大人の為のfable(寓話)の一つ。
最後の一言には小さなものから大きなものまで、無数の解釈が成り立つ。
知識ということで捉えれば、日進月歩・朝令暮改の勢いで変わりゆく世界、今日得た知識が明日には変わるかもしれない。
または、ある知識を得た自分は、すでに知らなかった頃の自分には戻れない。
それを言うなら、今ここにいる自分さえ刻々と細胞は作り変えられていくのであり、すでに一瞬前の自分ではない。

争いを繰り返す国ほど、この言葉を受け入れる余地があるかもしれない、とも思う。今日あったものが、明日にもあるとは限らない。大きな災害を経験すれば、否応なしに味わう思いであろう。
日本では諸行無常という、ただ一言で表現できる。それは知識というレベルを大きく超えて、人の生き死に全てにまで亘る思想である。これがイタリアではメメント・モリになる。

全てのものには変化があり終わりがあり、それは自分も例外ではないということを、一体どれだけ意識しているか。
ただ一言の言葉の持つ、意味の深さを噛み締める。そんな一言は形を変えて、実は遥か昔から語り継がれた御伽噺に息づいている。
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by senrufan | 2006-10-17 11:27 | Trackback | Comments(2)
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Commented by まきりん at 2006-10-20 08:48 x
「地獄を見たら、女しかいなかった」 にお嬢さんが起こったのはノーマルな反応ですよね。家の夫ときたら、「そんな地獄だったら見てみたい」という感想でした。まったく・・・
Commented by Miyuki at 2006-10-20 12:43 x
*まきりんさん
す、すみません、大ウケしてしまいました。旦那様サイコーです!(爆笑) なんか大人の余裕で、さすがまきりんさんの旦那様だー。


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