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空に放していけたなら

「幾多の大きな失敗をくぐりぬけてはじめて人間は偉大になるのだ」
   ----- ウィリアム・グラッドストン
       (イギリス人、政治家、1809年12月29生まれ)


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カウントダウンまで、あとわずか。
平成最後の大晦日でございますね。

今年はこの「平成最後の~」というのをつけることで、いろんなことが貴重なものに変換可能だったという、ある意味お得な一年だったかもしれません。
後々、「あれは平成最後の夏のことだった……」と、遠い目で語るオレ、みたいな。

今上天皇のご決断にはカケラも異議はございませんが、これにて自分が昭和生まれとして、
今で思うところの明治生まれと同じ扱いになるかと思うと……(うっうっ)
 あの人、昭和生まれなんですってよー
 あー、あのヒト、昭和だからねえ


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すっかり嬉しい恒例となりました、仲間内でのクリスマスパーティ
各自それぞれのお仕事で、なかなか平日のスケジュールが合わなくなってしまった為、
今年は思い切って、サンデーブランチとしゃれこみましたです。
贅沢なサンデーブランチなら、あのお店に行きたいね、とね。

今回もとても温かいサービスと美味しいお料理で、一層楽しい会となりました。
プレゼントも、諸手を挙げて喜んじゃうよ!なものばかりをいただいて、大いに盛り上がりましたです。

終わるたび、来年もまたやろうね、と言い合う私達。
「来年の約束」というものがどれほどありがたいことか、年々身に染みるようになっていくお年頃でございますよ。(ちょっと涙)

* * * * *

【アクティビティ】

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今年最後の日記、どれにしようか迷ったのですが、あのお話会のことは少し残しておきたいな、と思ったので、そちらをば。
写真がほとんどないので、先日訪れたサンフランシスコのユニオン・スクウェアの写真も挟みます。
あれは平成最後の10月末のことでした。(逝)

マクロビをやっていらっしゃる方なら、誇張ナシで誰もがご存じではないかと思われる方。
千葉にあるブラウンズフィールドを主宰されていらっしゃる中島デコさんが、ここベイエリアに来てくださいました。
デコさんをお招きしてのお話会やお茶会を企画してくださった方々には、本当に感謝の気持ちしかありません。




お店におじゃましたことはあるものの、もちろんご本人にお目にかかったことも、動画などを拝見したこともなかったのですが、カンペキにイメージ通りの方でした。
ご本は数冊持っていて、その文面からうかがえるお姿そのままだった、と言い換えたほうが良いのかも。

明るくてポジティブな空気を持っていらっしゃって、その明るさを周りに伝えていくパワーもお持ちのデコさん。
今までの歩み、菜食との出会い、ブラウンズフィールドの設立の経緯、5人のお子様の子育てなどなど、沢山の話題についてお話しくださって。
あっという間の2時間でございましたですよ。


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いろんなワークショップやお料理教室にとんと行かなくなったのは、仕事があるからというのも勿論ですが、それより自分の内部固めをすべきでしょ、という意識もありまして。
今まで学んだ分をちゃんと生かせてんの? 材料は十分あるのに、あれもこれもまだやってないよね? あーん?(青筋)
という自分からのキョーハクが……いや、理性の声。

ハーブ教室が事実上の終了となって(実はそおなんですよ)、それは本当に寂しいのですけれど。
やみくもにあれこれ出たところで、身につけていかなければ意味がないのです、よねえ。(ため息)

まあ、あとは、あの先生のお話や、あの本・この本があるから大丈夫、というのがあって、ある意味安定している時期なのかな、とも思います。
今後、また何か新しいことに目がいくのかもしれませんし、その時にはまた楽しく探索しようとは思ってます。


今回、デコさんのお話の後、質問の時間がありまして。
何人かの方の質問と、それに対するデコさんのお答えを聞きながら、とあることを思い返しておりました。

あれは、もう2年ぐらい前になるかなあ。
とあるマクロビの先生のお話会に出てみて、その先生の主張に愕然としたことがあったのです。

その先生がベースとされている古神道信仰は、個人の自由で問題ないのですが、陰謀論として名高い説への傾倒や、日本史の間違った知識や偏った解釈、ひいてはそれが、
「日本スゴイ、欧米は下、それは欧米が肉食だったから」
に繋げられた時には、目の前が暗くなったです。

いえ、個人で信じておられる範囲なら、私ごときが文句を言う筋合いはないのです。
でも、マクロビのコースの一環として語られるのは、大変、大変、困るのです。
私が尊敬する先生方の考えや、これが私が信じるマクロビと思う姿とは、全く相容れない主張であるのですが、こちらの先生についていかれる生徒さん達は、その主張を正しいと思い、基盤としていかれる可能性が大きいわけで。
それは、その人の人生の幾分かを不自由にしてしまうことであると同時に、周囲からの目を歪め、マクロビへの入口を確実に狭くする行為に他ならないのでは、と心配するのです。


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「欧米は戦争ばかりだったけど、日本は米を中心とした菜食だったから、内戦も虐殺もなかった」
「男を精神的にも肉体的にも支えるのは女の役目、吉原は良い制度だった」
「日本人は優れた国民なのだから、海外にいる皆さんには世界を啓蒙し、リードしていってほしい」……

私にとっては、家族にも友人にも染まってほしくない差別的論説以外のナニモノでもありませんが、一部の方々には、確実に惹かれる思想であるというのは、認めざるをえないのですね。

前にどこかで書いたのですけど、足元が不安定だったり、自分に自信がない人の一部に、宗教や思想に入れ込む傾向があるのは確かと思います。
自分に自信がないから、これが正しいんですよ、と言ってくれるものにすがりたくなる。
それは私にも、十分身に覚えがあることで。
でも問題は、その言説なりを十分に吟味することなく、自分に与えられたお墨付きと思い、人を見下したりジャッジしたりするよすがにすること、なのですよね。

マクロビなどのワークショップに行って、そういう方にお会いすることもございます。
中には、ワークショップジプシーになっている方もおられ、どんなお教室に行っても満足されることがないようです。
不安の根っこは別のところにあるんだろうなあ、と、その方を見ていて思います。
そして、自分はちゃんと自分の中を直視できているんだろうか、と自省する機会をもらいます。


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肉・魚をご家族に食べさせたくないが為に、菜食に反対するご主人と食卓を一緒にしない方もいらっしゃり。
お子さんが小さいことを気にされて、菜食内で与えられる栄養について悩んでいる方もいらっしゃって。

そういう方々に対して、デコさんは、
家族が一緒でないのは寂しくないですか、とやんわりおっしゃられたり、
お子さんが元気ならそれで大丈夫ですよ、ちゃんとお子さんの様子を見てらっしゃいますか、と答えられたりされていて、
そうなんだよなあ、本来はもっともっとシンプルなはずなんだよなあ、と考えながら拝聴しておりました。

食事に限らず、あれがダメ、これもダメ、とすると、窮屈さと不自由さが募るだけだったりしませんか。
でも同時に、あれもいい、これもいい、とすると、選択肢の多さに迷いが生じたりもしませんか。
そういう時、ほんとに自分の頭の悪さや思考力の無さを痛感するばかりな私が、マクロビという生活実学に惹かれた理由の一つは、
コアとなる考えが「NON CREDO(ノン・クレド)=全てを妄信しないで、自分で考え、決めること」であったから、というのも大きいです。

ルールや規制が細かくあるほうが、楽だと思うことも多いです。
マクロビはそういうものだ、と指導される方も多いようですし、そちらに惹かれる方も沢山いらっしゃることでしょう。
でも私は、そういう先生につかなくて良かったなあ、と思います。

自分を取り巻く環境は全て『食べ物』で、何を食べるかは自分で選ぶこと。
その『食べ方』も、自分で考えて決めること。
ベストでなくて良い、ベターな方向を選ぶ為には、ではどうすれば良いのか。
その為に、クラスをはしごするのも、肉・魚を完全に断ってみるのも、途中のステップとして十分アリだと思うのです。

でも、人を啓蒙すべき、とか、欧米は肉食だから悪い、とか。
しかも、マクロビを「修め」て指導的地位にある方が、自ら選んで、それを良しとして、人々に伝える努力をされていらっしゃる。
食べ物をジャッジすることは、当たり前ですが、ひいては人を、国を、文化をジャッジすることに繋がります。

その選択の基準は果たして良いものか?
それを問いかけていきなさい、というのが「NON CREDO」なのだと思っていますので。
自分が今やった方が良いことは、ワークショップに沢山出ることではなく、得たものをもっときちんと咀嚼することじゃないかな、なんて。
そんな気持ちを新たにした、デコさんのお話会でありました。


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と、まとまらないまま、今年も終わります。
最後の最後まで、とっちらかった一年でございましたです……

今年の後半は、更新もままならない状態でしたが、それでもまだ訪問してくださっている方がいらっしゃることに驚きものの木。(死語)
そちら方面に向って、ひたすら謝り倒したい。
もうやめたほうがいいんじゃないかな、と何十回も思ってはいるのですが、そのたびに決断を先回ししている間に、とうとう年末になってしまったです。わかっているけど馬鹿。

何はともあれ、本年も大変お世話になりました。(深々)
上記のようなことを実行していたおかげで、すっかり人付き合いの輪も小さくなってしまいましたが、その分、好きな人達ばかりといられることができるのは、この上ない幸せ、と思います。

でも、それでは逆に、私の方から大切な人達に与えられるものがなくなってしまう、という不安。
居心地の良い中に閉じこもっているように思うたびに、その種の危惧がぶり返しのように訪れるのは、昭和生まれだからなのでありましょうか。(自虐)

与えられるより、与える人になりなさい。
そんな聖人君子を目指しているわけでは全くないものの、それでも一方通行な関係は、絶対長続きはしないもの、なので。
年々衰える老体を、飴と鞭で駆使していかねばなるまい、と思う次第でございます。

貴方が愛するものが、人が、貴方と共に、いつまでも温もりに包まれていられますよう。
来年も、どうぞよろしくお願いいたします。


by senrufan | 2018-12-29 14:55 | Trackback | Comments(2)
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Commented at 2019-01-15 04:22
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by senrufan at 2019-01-25 11:20
*非公開コメントSさん
わああああ、コメントいただいておりましたことに、こんなに長く気づかず、本当に申し訳ありません!!!! 地面までめり込むジャンピング土下座でお詫びいたします。しかもSさんからのだったなんて……もっと早く拝見しなかった自分、百回死ねばいい。

温かいお言葉を本当にありがとうございます、うるうる。なんかね、更にゆるすぎる生活と性格になってしまった昨今ですが、でも、そのほうがずっと楽に呼吸ができるんですよね。人を、食べ物をジャッジすることは、全て自分にはね返ってくることなんだ、というのをしみじみと感じておりますです。
月1回の日記どころか月記と化しつつある場所ですが、またいらしていただければ嬉しいです!
愛をこめて。


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