貴方にそっと渡す風

「我々が自分の持つ恐れから自らを解放する時、
我々の存在は、同時に他の人々をも解放することができるのである」
   ----- ネルソン・マンデラ
       (南アフリカ人、政治家、1918年7月18生まれ)



Barack Obama delivers the annual Nelson Mandela lecture in Johannesburg




マンデラ氏が亡くなられたのが、つい最近のように思っておりましたが、すでに5年近くが経っていたのですね。
人種差別と戦った人達、と言われると、真っ先に浮かぶ方々の一人です。
生誕100年を祝う式典に、アメリカからオバマ前大統領が出席し、久しぶりにあの素晴らしいスピーチを聴かせてくれました。
いやほんとに、スピーチの神様がついているような方でございますな。(しみじみ)


さて先日お嬢が、今いるイギリスで、ちょっと不愉快な目に遭いました。
どうしても行きたいコンサートがあり、一人で結構な田舎まで出かけていったのですけど、
駅周辺は大丈夫だったものの、会場は携帯も圏外になってしまうほどの場所で、見渡す限り、観客は白人のお年寄りがほとんど。
前座の素晴らしい少年バンドをけなし、肝心のステージにも大して拍手せず、という人達に囲まれて、
終電の時間を気にして、早めに抜け出そうとした彼女に向って、ちゃんと謝って前を通ろうとしたにも関わらず、「何を考えてるんだ、このIdiot」呼ばわり。

携帯が圏外だった為、Uberが呼べず、2時間近く会場外でタクシーを待った末、結局スタッフの一人が、車で駅まで送ってくれることになったのですが。
同乗した老夫婦から、
「あなた、わかってる? これはお金を払わなくていいということではないのよ、払わないなんて許されないわよ、わかってる?」
と、散々責められたということでした。
あ、もちろん、それぞれに言い返したそうですので、そこはご心配なく。

彼らは日頃からそういう人達だったのかもしれませんし、その時イライラしている人達だったのかもしれません。
差別だったとしたら、人種差別だったのか、若者差別だったのか、よそ者差別だったのかも、わかりません。
ただ私の友人で、学生の頃、イギリスの田舎にホームステイして、何度も嫌な目に遭ったと言っていた友人の体験談を思い出したことでした。

日本で生まれて、ベイエリアで育ち、日本で学生生活を送った後、今はイギリスに滞在中のお嬢。
そんな彼女が以前、移民であることに少し疲れた、と言ったことがございます。
私は日本からこちらに来て、マイノリティとして生きることへのとまどいはあったものの、別の面では肩の力を抜いていいんだ、という解放感を、嬉しく味わうようになったのですが。
お嬢にとっては、こちらから日本に行って、マジョリティとして生きる楽さと安定感を味わったということなんだなあ、と気づかされた次第です。


しかし、彼女がタクシーを待っていた2時間の間、一緒になったおばさまとおばあちゃまと、大いに話が盛り上がり。
しかもお嬢がスタッフの人の車から降りて、駅で電車を待っていた時、
後の車で追いついてきた彼女達は、わざわざ自分達の電車が終電になるまで、ずっと付き合っていてくださったそうです。

お嬢に優しくしてくださって、本当に、本当に、ありがとうございました。
おかげさまで彼女は、一日の最後を、温かさに接して終えることができました。
残念ながら直接お返しはできませんので、私がどこかでお嬢のような人を見たら、貴女方と同じことをしたい、と何百回目かに強く思っているところです。

* * * * *

【読書】

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別のことを書こうと思っていたのですが、ちょうど読み終わった本に絡めて、またぐだぐだと。
なので、いつもの通り、「これ以上は進まれないことをお勧めいたします」




SF&ファンタジー作家のジョー・ウォルトン
日本で翻訳された作品は、読み終えたばかりの「私の本当の子どもたち」を入れて、全部読みました。
どれも、とても心に残る作品ばかりで、大好きな作家さんの一人です。

あれ?と思って検索してみたら、前に読んだ「図書室の魔法」でも、本に絡めて、ぐだぐだ書いていたのでした。(過去日記
人をぐだぐだにする作家さん認定です、って、んなわけねーですよ。

「私の本当の子どもたち」は、主人公のパトリシアが生きる2つのパラレルワールドを、順番に語っていくストーリーです。
大学を卒業して、教師として働いていた時、学生時代に知り合った男性から、僕達は今すぐ結婚しなくてはならない、と言われた時、
そのすぐ後の瞬間を分岐点として、彼女の世界は2つに分かれていきます。
つまり、YESと答えた世界と、NOと答えた世界、ですね。
結果、結ばれた人も、生まれる子ども達も、住む場所から世界情勢まで、全てが違ってくるのです。

パトリシアが1926年に生まれて、2015年の現在に至るまで。
ストーリーは細かいチャプターに分かれていて、ある年代のA世界・B世界、次の数年間のA世界・B世界、と語られていきます。

一つ一つは、淡々とした話なのです。
A世界のトリッシュと、B世界のパットが、それぞれの家族と生きる中、配偶者や子供のことで悩み、愛し、生き甲斐を見つけていく話。
しかし時代が時代ですから、背景として描かれる世界が、ケネディ大統領の暗殺であったり、核戦争であったりして、
パラレルワールドストーリー内の歴史は、今、私達がいる”こちらの世界”とは、2つとも微妙に異なって進みます。

そしていつの間にか、淡々と語られているだけ、ではない、すでに後戻りできないところまで、パトリシア達も世界も、事態が進んでいることに気づくのです。


バタフライ効果、という言葉をご存じの方は多いと思います。
ブラジルで蝶が一匹羽ばたくと、米国のテキサスで竜巻を引き起こす、というように、何かごくごく些細なことをきっかけとして、少しずつ様々な事象が要因となり、段々と大きな事態に発展していく、という現象のことですね。
これは、そういう事態が起こりうる、という可能性の指摘であると同時に、どういう未来が起こりうるかは予測不可能である、という言説でもありますね。

「私の本当の子どもたち」は、この刻々と進んでいくバタフライ効果を、わかりやすい形で描いたストーリー、ということもできます。
両世界共、パトリシア(トリッシュ/パット)は、彼女なりに、彼女の世界で生きている。
市議会議員になったり、デモに参加したりという、社会運動にも携わっているものの、それを前面に押し出しているわけではないのです。
もちろん、彼女の努力あってこそではありますが、なんというか、相応のドラマを、身の丈に合った形で受け止めて凌いでいく、といった、良識のある一人の女性として描かれていて。
子供や孫の誕生、大切な人を亡くす悲しみなど、読者である私にも、十分に理解し、寄り添える生涯です。

それなのに、そういった、ごくごくささやかな一つ一つが、これだけの差を生み出していくなんて。
物語の後半になるに従って、その思いは強くなっていくのです。


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世界を変えるには、一体何人の人が必要であるのか?
先日読んだ記事ですが、米国ペンシルバニア大学と英国ロンドン大学の共同研究の結果によると、全体の25%の人数、だそうですよ。
つまり、世界が100人だとしたら25人、1000人だとしたら250人の人が声を上げれば、その世界を変えることができる、というのです。

ここ数年で、オンライン署名やデモ活動が、着実に社会活動の一つとして定着しつつあるように感じます。
どれも最初は、ごく数人の声だったのかもしれません。
周囲には、そんなことをしても無駄だ、そんなことをして何になる? と言われたのかもしれません。
しかし、少しずつ賛同者の輪が広がって、結果として目標を達成できた活動が、確かに目に見えるようになってきましたね。

気がつけば、世の中が変わってた。
その変化が「良い」ものであるようにするきっかけは、今日の自分が選ぶ些細な行動、なのかもしれなくて。
または、そこまで深刻にとらえる必要はなくて、25%の人の意識を変えられれば良い、というのは、更に大事なポイントではないでしょうか。

歴史で明らかなように、悲劇の最初は、ほんの小さな違和感や疑問だったり、もしくは無関心で始まります。
それを変えようと思った時に必要な力は、「図書室の魔法」の感想で書いたように、誰かや何かに対する想像力と理解力であり、互いへの尊重の気持ちである、というのも、あながち間違いではない、と思うのです。


マイノリティの立場で感じる諸々の思いが元になって、多文化を尊重する意識を身につけていくのか、それとも、だからこそ排他主義になっていくのかは、
本当にその人の選択次第でありますし、その人の置かれた環境や経験が大きくモノを言うでしょう。

ですが、お嬢に優しくしてくださった2人のれでぃのおかげで、私というちっぽけな人間が、誰かに同じようにしたい、と思ったように。
どうせなら、温かさを広めていければ良い、のではないのかな。
ネガティブではないものを、嬉しさや優しさをバトンで渡していければ、そこが最初の蝶の羽ばたきになる、のではないのかな。
ほめられれば木に登る単純ヤロウは、そう思うのです。
うん、小学生並みの考えだってわかってる。(俯きながら)

無意識であれ、差別的な行動や言動に、もっと敏感に、もっと多角的に考えられる人間にならなくては、と思うのですが。
そのたび、それにはもっと知識が、勉強が必要だ、ということを実感します。

お嬢の話を最初に聞いた時、咄嗟に、え、差別?と言った私に対して、それはどうかはわからない、と静かに戒めてくれたのは、当のお嬢でした。
彼女が様々な経験を通じて得た、バランス感覚、のようなもの。
それは、同じ年月だけアメリカにいても、私が完全に身につけられていないもの。
彼女にとって、大切な財産となってくれれば良い、と思ってます。


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by senrufan | 2018-07-18 11:23 | Trackback | Comments(0)
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