時の流れはゆるやかに

「どんな時も、人生には意味がある。
どんな人のどんな人生であれ、意味がなくなることは決してない。
だから私たちは、人生の闘いだけは決して放棄してはいけない」
   ----- ヴィクトール・フランクル
       (オーストリア人、医師(精神科医)、1905年3月26生まれ)


日本から帰って参りました。
で、その帰ってきた翌日から、立てなくなりました。

何をしたわけではないのに、朝起きたらひどい痛みで、立つどころか、寝ながら足を少し動かすにも激痛。
実は持病的なもので、良く腰痛と間違われるのですけど、腰ではなくて仙骨周辺、骨盤系。
出産後、数年経ってから経験したので、出産で骨盤が少し歪むとか、その辺りの神経を傷めてしまったのかなあ、
なんて勝手に思ってたのですよ。

特に検査もせず、こんなノンキなことを思っていたのは、今まで3回しか起こったことがなく、1~2日で治っていたのと、
ここ10数年全く出ていなかったことで、すっかり忘れていたのいうのが本音です。てへぺろ(死語)

それが、まさか朝起きたら、自分が虫になっていようとは、じゃない、激痛に襲われていようとは。
しかも今回は、歩行困難状態が3日以上続こうとは。
旦那に、なんで1日で治んないの、これもトシなの、と愚痴ったら、真顔で肯定されました。


さっくりと心を裂いてくれた旦那ですが、今回むっちゃくちゃお世話してくれたです。
私が日本滞在中、2週間ほどの独身生活で、簡単メニューですが、ほぼ毎日自炊して、お弁当まで作っていた彼。
私がベッドでクダを巻いてる間も、そのまま継続して自炊し、お弁当を詰め、
朝のうちに、私の為にサンドイッチやサラダを用意し、お湯の入ったポットやマグなどと一緒にベッドに運んでくれてから、出かけていったです。

私は日常の家事について、彼に、手伝って!とか言うことは、ほとんどありません。
その分、IT系や大工系は頼りっきりにさせてもらってるのと、
共働きならともかくゴクツブシの私、お返しに彼の仕事を手伝えるわけではないですしね。
そして私のちょー低レベルな家事にも、大らかに耐えてくれているので、特に気にすることがないのですよ。

なので、いつの間にか料理までするようになってきた、というのは、本当に彼自身が起こした変化。
素直に、すごいなあ、と感心しますし、今回、どれほどありがたく思ったか、言い表せないぐらいです。
人間、還暦近くなっても、まだまだ変われるもんだなあ、としみじみです。


1週間経って、さすがに良くなってきたので、むしろ動ける範囲で動かないと、
今度は別のところがイカれてしまいそうなので、頑張ろうと思います。
一番マズいのは、帰宅早々に寝たきりになった為、いまだに時差ボケがとりきれてないことだったり。
あ、でもまだ痛いな……やっぱりベッドにいなきゃだな(殴)(そろそろ腐敗臭)

* * * * *

【読書】

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動けない、つーても、何かやってないと時間がもたない。
ので、久しぶりに読み返したのが、大好きなマンガ、「パーム」シリーズです。
著者は伸たまきさんの名前で始まり、途中で獣木野生さんと改名されて、先月40巻が発売されたところ。

BIGCAT STUDIO (オフィシャルサイト)

1983年から連載されているこちら、掲載誌が隔月な為、コミックスの発刊も年一回。
なので、年月のわりには巻数が少ないのですね。
が、このクロニクル形式の長期作品も、現在連載中のシリーズがとうとう最終だそう。
実際、最終話が掲載されるまでには、あと2~3年かかるかもしれませんが、もうほんとに、ますます目が離せない。
好きなマンガは?と聞かれた時、間違いなく私的TOP5に入れる作品なのでございます。

と、ここまでアツく語っておりますが(そうでもない)、人に薦めたことはほとんどありません。
サイトにも書かれてますが、漫画研究家をもってして、「日本の漫画系統図のどこにも属さない」と言われるだけあって、
絵柄からストーリーから、そのユーモアに至るまで、かなりクセの強い作品なのでございますゆえ。
薦めても、大抵の人はダメだろうなー、と思うと、やっぱりねえ。
ちなみに、パームを「外国映画風」と表現する向きもあるそうで、そう言われると、海外ミステリーが大好物の私には、なるほど、と思い当たるアレコレも。

どの話も大好きなのですが、今回読み返した中で、環境問題を扱ったシリーズ・「愛でなく」(全12巻)が、改めて心に響いたので、ちょっとだけメモ的に。




舞台は1980年代半ばぐらいに、主人公達が住むアメリカはLAで、国際的な環境会議が開かれることになり。
その会議に、手伝いとしてだけでなく、とある国の代表代理として出席することになったキャラ達に、付け焼刃的ではありますが、環境団体のUSA支部の支部長が、まずはエコロジカルな生活の為の基本原則について講義する回があるのですね。

環境保護論者のジョン・シーモア氏ハーバート・ジラード氏が、著作の中でまとめたという、10の原則。
大きく、4つ+6つに大別されます。


環境改善の為に我々が取りうる行動

(1) 自他のある行動が、環境に対して良い効果を持つのか、悪い影響を及ぼすのか、その都度判断すること

(2) 良い効果を持つ事柄に対して、それを奨励し拡大するにはどうしたら良いかを考え、実行すること

(3) 悪い影響を持つ事柄に対して、それなしですませるにはどうすれば良いかと模索し、回避すること

(4) 悪い影響を持つが、それなしでやっていけないものに対して、それを切りつめたり、弊害を緩和する方法を検討し、実践すること

「有害な行動をあきらめることが、生活水準の低下をもたらすことイメージしている人はまだ多いと思うけど、
『自発的簡素』と呼ばれるような生活様式で失われるのは、無駄だけだ」


エコロジカルな家庭生活の6原則

(1) 責任の原則

自分の行動、あるいは行動しなかったことに対して、それぞれが責任を持つ。
常に関心を持ち、知識を蓄えておけば、例えば何かを買う時、ラベルを読んで、リサイクルできるものを優先的に購入できるようになる。

(2) 地域主義の原則

食品などの供給源は、できるだけ身近な資源にまず頼り、その上で必要があれば、離れたところの資源に頼る。

(3) 簡潔さの原則

必要以上に複雑なものより、シンプルで有用なものを選ぶ。

(4) 多様性の原則

ひとつのことに全ての期待をかけない。(例:電力発電)
様々な方法を組み合わせれば、よりクリーンなやり方で需要を満たすことができる。
野生動植物も、多様性が失われれば危機に陥る。

(5) 非暴力の原則

他の動植物を殺して食べるのは罪ではないが、不必要に殺したり、生態系のバランスを崩すような行為は、いつかツケが跳ね返ってくるものだ。

(6) 節度の原則

過度に貪ることなく、本当に必要なものだけを使って、健康で満足な生活を送ろう。

「大切なのは、多すぎず少なすぎずのバランス感覚。
例え環境団体の人間になったとしても、明日から車に乗らなくなるわけじゃない。
使い捨ての容器は良くないとわかっていても、テイクアウト食品を買うこともあるだろう。
大切なのは、そこでヤケクソにならないことだ。
どうせ何をしてみてもムダだというネガティブな考えが一番良くない」


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何か規則を変えようとか、生活を変えたら、と言われた時、抵抗感を示す人達の割合は、決して低くはありません。
これは自分も十分に覚えのあることで、今の状態がベストと思っているわけではないのに、何かが変わるのは怖いんですね。
もっと言えば、変えて悪くなったらどうしよう、という怖れと、変えて今の何かを失うのが嫌、という。
そしてこの気持ちは、歳を重ねるほど、強くなる傾向もあるでしょう。

人によっては、そう提案した人に向って、攻撃という形でその気持ちをぶつけたり。
更には、提案もしてなくて、ただ「自分はこうやっている」と述べただけの人に向ってまで。
気持ちは良くわかるとはいえ、反論するエネルギーも自信もない自分にとっては、すげーな、と思ったりもするですよ。(TVに向ってケチつけてる母を見ながら)


マクロビというのを一々説明するのも面倒なので、自分はベジタリアンです、と言った時、
ベジタリアンの人達って、みんな顔色が悪くて不健康そうですよね、と開口一番に言われたこともありました。
別にその人に、ベジタリアンになれと言ったわけでもなんでもないんですが。
同時に、お肉メニューを食べてる時、マクロビを名乗る人から非難されたこともありますし。

日本でずっと議論されている、夫婦別姓を認めるか否か、あれも典型ですよね。
別姓じゃなきゃいけない、なんて言ってなくて、選択制にして、という希望に対して、同姓じゃないと夫婦の絆が云々、という反論。
そう思う人は同姓を選択すれば良いだけなのに、何をそんなに怖がる必要があるんだろう。
全くわけがわからんです。

自分の中をつくづくと眺めて、周囲の人達をしみじみと見つめて、思うのは。
今の自分が正しい、今がベストだと思っていたい、そして他の人にもそれを認めてほしい、
というのが、世の中の争いのほとんど全ての原因ではないか、と感じてしまうほどでございます。


環境問題というか、家の中で何ができるか、についても、そういうところがあると思います。
自分はこうしていこうと思う、と告げた時、家族の人達はメンドくさがって反対するかもしれません。
でも、原則が示してくれた通り、これもまずは自分との対話によって行っていくこと、だと思うのです。

食生活を含む、生活環境を変える、となった時。
一気にそちらにシフトしよう、と言われたら、大いに反発もしますし、
それが自分の意思で始めたことであったら、なんというか、あとで反動が来る確率が高くなることと思います。

何も、今の全てを変えろ、とは言ってない。
選ぶのは、あくまで自分だよ。

このポイントを、頭でだけでなく、身体も伴って理解しているかどうか。
それが分かれ目になるんだなあ、と自戒を込めて、強く強く、思います。


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自分の親世代を見ていると焦る、ということは、前にも書きました。
年を取ると、どれだけ変われなくなってしまうかを、目の前で何度も見せられては、
私こそ今のうちに、少しでもマシな人間になっておかないとヤバい、こんな最低レベルのままで固定されちゃう、と焦燥感を覚えることが多いのでありますが。
今回のイタイイタイ経験で、いやいや自分次第だよ、という見本を、旦那に見せてもらった気がします。

マクロビ寄りの食事を始めたのは、もう何年前になるのかな。10年は経っているのかな。
急激にはマズいので、ゆっくり、ゆるく、のんびりで、なんて頭では思っていながら、それが実行できなかったワタシ。(愚かなり)
我慢強く、滅多に愚痴らない旦那も、最初はかなり辛かったことと思います。いやもう、ほんとーーーにすまんかった。

それが年月が経つにつれ、例えば腸の調子が良くなってきたことや、外食が続く出張中に体調が悪くなってくることを体感したことや。
市販薬より、タイミングが合えば漢方やハーブのほうが効き目があることなど。
日本の野菜はあまり美味しくない、カリフォルニアの野菜が恋しいよ、というメッセージを日本から送ってきた時は、
お嬢と一緒に、誰だオマエ、と慄いたものでした。
いやほんと、もしかして背中のチャックを開けたら、別の人が出てくるんじゃねーの…? というギワクまで。(おい)

私が日本に行ったりして留守にしている間、のびのびと好きなものをいっぱい食べると思いきや、サラダやフルーツが美味しくて、そればっかり食べてた、とか。
玄米の炊き方を教えたら、少しずつ上手になっていったとか。
家で全く使わないので、外食などで化学調味料を口にすると、少し反応する(頭痛とか喉の渇きとか)身体になったらしいとわかったのは、確か去年のことだったかと。
前からジョギングは嫌いではなかったのが、毎日のように走るようになり、仲間を得て、10kmラン→ハーフ→フルマラソンまで至ったことも、含めなくてはいけません。

私が家で作るごはんこそヴィーガンですが、あとは全然気にしないので、スナックもぼりぼり食べますし、
自分で作るのは焼き魚や肉野菜炒めなど、ごく普通の簡単メニューではありますけれど。
私より数歳上でアラカンの彼が、10年ぐらいかけて、こういう風に変わってきたというのは、素直にすごいことだと思うのです。
……同じ10年で、全く成長のカケラも見られない自分と照らし合わせると。(地面までめり込み中)

「パーム」で読んだものは、環境問題に関する原則ではありますが。
環境に限らず、かなりのものに当てはめられるもの、と思います。
これも何度も書いておりますが、マクロビでは、人間関係まで含めて、自分を取り巻く環境全てを「食べ物」と見なします。
自分の「食生活」を、どのようなものにしていくか、また、していきたいと願うのか。
私が旦那の今の年齢になるまでの数年間で、何かできるかなあ。


とりあえず動けるようになってきたので、そろそろジムにも行かねばな。
と、埃だらけの家の中の掃除は無視してな。(死んでこい)

暖かくなってきたので、気分はなかなか上向きです。
今日、久しぶりに大好きな友人に会えたので、かなり上向きです。
ああでも、お布団が私を呼んでいる……オフトゥン……


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by senrufan | 2018-03-27 13:04 | Trackback | Comments(0)
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