私を聴いて、私と歌って (4)

「悲しいときには悲しめ。のべつ君のこころの見張りをするな。
君の大事な命に関わることもあるまい」
    ----- エーリッヒ・ケストナー
        (ドイツ人、作家、1899年2月23日生まれ)


結婚、アジアの選択 : 父親側の血族を最重視

お嬢の友達で、ご両親が中国本土からアメリカに移住して、アメリカで生まれた女の子がいるのですけど。
Early decisionにより、見事、第一志望のコロンビア大に合格を決め、仲間全員で大喜びだったのですね。

こちらのご両親は、前々からかなり教育熱心ということで、なかなか怖い(あくまで私比)エピソードも、幾つか聞いてはいたのです。
小さい頃から本当に成績優秀な彼女に、まだ足りない、もっとAPを取れ、なんでA+じゃないの、などなど。

そんな彼女は、今は例えば空き時間に、皆でスタバに行ったり、休日には仲間と映画を見に行ったりと、
「私達、シニア(高校最終学年)っぽいよね! これがシニアなんだよね!」
と、本当に楽しそうに過ごしているらしく。
先日会った時は、髪型が変わって、随分と綺麗になってて、私まで至極嬉しくなりましたです。


ところが今回、彼女が合格した後に、お父さんが彼女の妹(6歳)に、
「お前は、もっと良い大学に行け。ハーバードに行け」
と、おっしゃったのだそうです。


なんでケンブリッジじゃないんだろうねえ、とは、お嬢の言でした。

* * * * *

【雑事】

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前回の続きで、前回の回答、及び、その解説でございます。

親A~D、そして子供A~D。
正しい組み合わせは、以下の通りです。

親A - 子供B

親B - 子供A

親C - 子供D

親D - 子供C

どうして、という理由については、それぞれの親が語った子供時代&親との関係から、紐解くことができるのです。




親Aの場合

この人の場合、いまだに親とのアタッチメントの弱さに傷ついているのですね。
口頭では「仲が良かった」と言っているものの、端々に「兄の方がもっと可愛がられていた」ということに言及して、この人の持つ恨みや哀しみがうかがえます。
そして、それを子供達世代にまで感じていて、途切れることなく続いているのです。
この人に、もし上が男の子である、2人以上の子供がいたら、自分の過去が反映されてしまう恐れがあり。
つまり、上の男の子=兄を無意識に贔屓してしまい、下の子については、ちゃんとしてない子だから愛せないんだ、とその子を責めることも。

但しこの人の場合、そんな自分の気持ちには気づいていません。
気づいてしまうということは、自分が親から、兄ほどには愛されていない、という事実を認めなくてはならなくなりますから。
事実に直面できない彼にとって、親との関係、そして自分の子供との関係は、いまだに過去として語ることのできない、現在進行形の物語なのです。

この人の子供(B)の、「泣き叫びながら親の元へ行く」という反応は。
この子も親とのアタッチメントが弱く、親が離れると、捨てられたのではないかという恐れを抱く為です。
自身の親と、しっかりした信頼関係を結べていないことが、自分の子供との関係に反映されてしまっているのです。


親Bの場合

この人の場合は、親から虐待を受けましたが、幸い、近所のおばさんという避難所があったおかげで、それから逃れることができたのですね。
この人の口調から、親との間で起こった事件を、物語として語れるようになったことがうかがえ、過去が過去として、自分の中で消化できていることがわかります。

消化できているかどうかは、誰かにまとまった形で話せるかどうか、というのが、一つの判別ポイントになります。
その為には、良い聞き手を持つことも大切なのですね。

この人の子供(A)の、「ちらっと親を見て、またすぐに遊ぶ」という反応は。
親子の関係が、安定した堅固なものであることを示しています。
自分自身の子供時代を、物語として語れるまで昇華(消化)することの重要性が、ここでもわかります。


親Cの場合

この人の場合は、親Aさんの発展版で、親に虐待された事実を認められず、虐待の過去を否定したまま、人の親になったのですね。
虐待されている子供は、親の暴力から、二律背反したメッセージを受け取ります。
一つは、暴力をふるわれてることを、自分を愛してるから、と思い込む。
もう一つは、自分はそれ=暴力に値すると思っている。つまり、自己評価が大変低いのです。 

このタイプの親は、ミドルクラス以上の層に多く、自己評価が低い分、努力しますから、社会的に成功するタイプが多いのですね。
しかし自分が、子供らしい甘えや弱さを許されないできたせいで、自分自身の子供の気持ちがわからず、子供とコネクションが持てません。
子供の気持ちが理解できないし、理解する必要があるとも思ってないのです。

この人の子供(D)の、「凍りつく」という反応は。
悲しいことに、世代を渡って、虐待の連鎖が起こっていることを示しています。


親Dの場合

この人の場合、自分が育ってきた家庭で、きちんとしたアタッチメントをもらえなかったので、自分の子に与えることもできていなのですね。
言葉を変えれば、語るべき物語がないのです。
この人には、親と子の関係が、どういうものかも良くわかっていないので、例えば障害を持った子など、特別なケアが必要な子が生まれてきた場合、背負いきれず、重荷になるばかりかもしれません。

この人の子供(C)の、「親に挨拶して、また遊びに戻る」という反応には。
子供が親との信頼関係を築けておらず、一々確認しながら進んでいる、ということが現れています。
虐待されているわけではないので、取り残されるという怖れの気持ちはないものの、離れても大丈夫という安心感を抱くにも至れないのです。

*-*-*-*-*-*-*-*-*

拙い説明で、大変大変、申し訳なく……!(土下座)
ゆかさんから受けた説明は、素晴らしくわかりやすいものだったのですが、ほら、文才という大きな問題が。問題が。(苦悩)

何回も書いていて申し訳ないのですが、私がお嬢と一緒にいることでわかったのが、
自分自身の親との過去を消化しきれない限り、それは自分の子育てにも出てしまう、という事実でございまして。
そして、親との間で葛藤があったとしても、自分次第で昇華できること、別な形でやり直すことができることを、前のシリーズで、とある一視点から書いてみた。つもり。なんですけど、ええ………(段々と弱気)

ゆかさんから、この調査のことを教わって、改めて納得がいったのでございます。

人間の持つ、「現状維持を望む意識」というのは、思いのほか強いもので。
それこそ、家庭内での虐待のケースを見れば、どれほどのものか良くわかります。
自分が成長し、立場変わって、自分が親となった新しい環境であっても、
心地良いと感じるのは、自分が生まれ育ったように、子供を育てること、だったりするのですよね。

これも何回も書いておりますが、「『知らない』ということを知らないのが、一番怖い」のです。
自分の傷に直面できないことを、自分に傷があることすら気づいていないということを、「知らない」ままであったらどうしよう。
それが、自分だけが被る害であればまだしも、家族にそれが及ぶと想像するだけで、背筋が寒くなるのです。

でも、渦中にいる間は、本当に気づかない、気づけない。
離れた後で、なんであんなことがわからなかったんだろう、と呆れるぐらいに単純なことであっても。
好意で指摘してくれる人の言葉さえ、届かないことが多いというのは、本当に悲しく、切ない事実です。


さて、この調査、お嬢だったら、どういう反応だったかなー、と思い出してみたところ。
明らかに子供Aの、「ちらっと見て、またすぐに遊ぶ」でしたね。
むしろ、「こちらを見もせずに、ただ遊び続ける」、もしくは、「いなくなったこと自体に気づいてない」、でしたね……

先日、友達の家で集まっていた時、その家にあったお菓子を、とあるお嬢ちゃまが見つけたのですよ。
まずは、そのおうちのお母さんに、「食べていいですか?」と、きちんと許可を取り。
その後、自分のお母さんに向かって、「これ、食べてもいい?」と尋ねたんですね。

その子のお母さんは、
「食べてもいいかどうか、自分で考えて決めなさい」
と優しく諭したので、思わず驚いた私に、そのお母さんは、
「だって、もう自分で決める年でしょ」
と、おっしゃったのですが。

実は私が驚いたのは、お嬢ちゃまがお母さんに聞いた、という事実の方でありまして。
つまり、お嬢が小さい頃、こういう時は、そのおうちのお母さんには許可を求めたものの、
その後、母ちゃんに良いかどうかなんて聞きもしなかったぜアノヤロウ、だったので。

親子のアタッチメントの強さについて、云々する際に。
子供自身の自我の強さも、考慮すべきなんじゃないかなー、なんて思ったりするのです。あら、なぜ歯ぎしりしてるのかしら私ったら。(ぎりぎり)


シリーズはまだ続きますが、通常日記の後でまた。
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by senrufan | 2012-02-23 08:04 | Trackback | Comments(16)
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Commented at 2012-02-24 10:02 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by こっぺ at 2012-02-24 13:00 x
は~。大変興味深く読ませていただきました。
親子関係って、ほんとうに人生に関わるんですよね。わたしなんか親になってよかったのかと思うことが度々あります。私と母の関係では得られなかったものを息子に与えられればと思っていたんですけど、ないものはないし。。。と後ろ向きの今日この頃。そんなんですから、たぶん息子の反応は親A-子どもBかと。ひえええ。
それでもって、知らないということを知らないというのもありますが、知らないんだけど知りたくないってことも私にあったりします。ああ。
続きを楽しみにしています。
Commented by ノンノン at 2012-02-24 14:58 x
自分の両親の子育てがこうだったから自分の子育てはこうなる「じゃない」ところが新しい!と思いました。おもしろーい。原典の英語タイトルとか著者名とかご存知ですか?
Commented by マミィ at 2012-02-24 21:51 x
本当に、興味深かったです。前回の組み合わせメモの答え合わせをしてみたら、A-Bの1つしか合っていなかったのが情けない。やはり私は継母くらいがちょうどいい(笑)

韓国に関するレポートも面白かったです。フランスの個人主義、放任子育てが比較されていましたねぇ(笑)
お嬢の「ケンブリッジ」つっこみ、ナイス~!
Commented by Silvergray777jp at 2012-02-25 02:36
 まだちょっとしか読んでいませんが、リンクさせてください。

 エキサイトブログ投稿時の紹介で来ました。

 子育て、親と子の関係は、私にはたいへん興味深いです。
Commented by Miyuki at 2012-02-25 09:47 x
*非公開コメントさん
はい、その両方の側面があると思います。そして同時に、子供の方の反応が、たまたまそうだったからといって、一概に親自身の子供時代を決めつけることはできないだろうとは思います。おっしゃる通り、ある日はAで、別の日はCだったりしますものね。ただ追跡調査をすると、どの反応が一番多いか、どのカテゴリーに入れるべきなのかということがわかってくるのでしょうね。
A~Dは、ある意味どれも極化したモデルなので、多くの方は、きちんと当てはまるものはないのではないかなー、と私も思います。
温かいお言葉、本当にありがとうございます! 精進いたしまする~(深々)
Commented by Miyuki at 2012-02-25 09:57 x
*こっぺさん
面白いですよね~! こういうことをご存知なのが、さすがゆかさんですわvv
私も、自分は親になれるような人間じゃないとずっと思ってたので、子供を持ちたいとはなかなか思えなかったんですよ。ですが、今は娘がいてくれて、こんなに幸せなことはないと思ってます。
こっぺさんがおっしゃっていた通り、子供がある年齢の時に、自分のその年齢の頃と重ねたりするので、そういう時に自分の過去を消化できる機会も巡ってきます。ですが、「知らない」と目をふさいだままでは、せっかくの機会を逃してしまうので。オープンな心で向かい合っていけたらいいなあ、といつも思うんですよ~。……これが難しいんですけど(ぼそっ)
次からは、こっぺさんのご存知(ですよね?)の育児法ですよん♪
Commented by Miyuki at 2012-02-25 10:00 x
*ノンノンさん
そうなんですよねえ、子供時代、こんな親にはなるまいと思っても、気がついたら全くその通りに自分の子に接してる、というのがわかると、やっぱりがっくりきますよ~(経験者)
こちらは、とあるセミナーで学んだ内容なんだそうで。私も、できたら文字で読んでみたいのですけど。
Commented by Miyuki at 2012-02-25 10:04 x
*マミィさん
いやいや、1つ正解、大したもんです。なかなか当たらないもんですよねえ。解説を聞くと、そうだそうだと思うんですが。私も継母があってるんじゃないかな(殴)

さすが天下のフランス、良い見本を示してくれてますな!(笑)
お嬢、我が娘ながらぐっじょぶですな、ふっふっふ。
Commented by Miyuki at 2012-02-25 10:06 x
*Silvergray777jpさん
初めまして! コメント、そしてリンク、ありがとうございます。
投稿時の紹介というものがあるのを、初めて知りました……(恥)
普段はごく普通の日記なのですが、たま~にこういうものも興味を持ってしまうのでございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します!
Commented by かん at 2012-02-26 08:30 x
「子供自身の自我の強さも、考慮すべきなんじゃ」- まったく同感。(笑) ちなみに、昔読んだ本でお!と思った言葉に「親はいつでも待たされるもの。子供がどう決めるかを見守るのが仕事」というのがありました。そう、子供が自分でちゃんと考える習慣をつけるのは至極大事。「お嬢」さん、小さい頃からやっぱりちゃんと自分で判断できるできたお子さんだったのでは~?(笑)
Commented by Miyuki at 2012-02-26 13:03 x
*かんさん
同意してくださって感謝です!(がしっ)
その言葉、本当にその通り~、と机をバンバン叩いて賛同。でもって、この”見守るだけ”というのが、親の仕事で一番辛いと思いません?(涙目) どうしても口出ししたくなってしまって、地団駄身悶え。まあうちの場合、口出ししてしまったところで、本人がほとんど受け付けなかったので良いんですけど。ふーんだ。自分で判断できるといえば聞こえは良いのですが、人のアドバイスを全く聞かない頑固さが、ですね……(遠い目)
Commented by ノンノン at 2012-02-26 23:53 x
シャノンちゃんの募金、してきました。
ご両親は存じ上げないのですけど、家族のように大事な友達を突然なくしてしまったことがあって、言葉にはできない深い悲しみを何ヶ月も抱えたことがあるので。大病をしたこともあるのですけど、大事な人を案じる苦しさに比べればまだ自分の病気のほうが楽だった。ほんの少しでもご両親のお役に立てればと思って。
本格的には働いていないので、募金という形での支援はふだんあまりできないのですけど、先日翻訳させていただいたお金があったのでそこから。
主治医の先生に、「大病したときに、生死を分けるのは、家族の愛情だったっていう例をたくさん見てきたよ。医学的にはどうしてかわからないけど、そうなんだよなぁ。」って伺ったことがあります。
お父さんもお休みをとって、いつもご両親に見守られているシャノンちゃん。ものすごいパワーをもらえてると思います。
Commented by Miyuki at 2012-02-27 13:48 x
*ノンノンさん
温かいお心遣い、本当にありがとうございます!!
しかも、ノンノンさん個人のお仕事のご収入からということ、一層心に染みます~~(感涙) 心から感謝いたします。
そうなんですよね、私も家族や友人に何かあるより、自分自身が遭った方がどれだけ楽か、と思うことが多いです……が、実際そうなると、心配をかけてしまうことがまた申し訳なくて辛く思うんでしょうねえ……
先生のお言葉、正にその通りだと思います。心が感じることがどれほど身体に影響を与えるか、そんな事実を何回も見聞きしますよね。
つきっきりのご両親のお身体が心配でもあるのですが、同時に一分一秒でも離れたくないというお気持ちも、親の端くれとして痛いほどわかります。シャノンちゃんにはその愛情を、どうか全身で受けとめてほしいと願っております。
Commented at 2012-02-28 12:38
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by Miyuki at 2012-02-28 13:04 x
*非公開コメントさん
了解しました! ご連絡ありがとうございます~vv 早速次の日記で紹介させていただきます。本当に微力で申し訳ありませんが、少しでも助けになれば嬉しいので。
うふふ、見抜かれましたね。実は行きたいと思っているのでございます。でも他の予定も色々と入っているので、どうなるやら~~、なんですが~(涙)
お気遣い、ありがとうございます! こういう形でのご連絡、大歓迎ですよ~♪


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