おそらの上で、いまごろは

「自分に何が出来るかを知ることよりも、自分に何ができないかを知ることのほうが、時によっては重要である」
   ----- 林語堂
        (中国人、作家、1895年10月10日生まれ)

* * * * *

【家庭内事情】

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突然ですが、日本に来ています。

旦那の父、私にとっての義父が、日本時間の6日に亡くなりました。
ちょうど日本出張中であった旦那は、死に目には会えませんでしたが、それでもアメリカから発つよりはずっと早く駆けつけられたこと、不幸中の幸いと思っております。

見つかった時には、すでに末期であった肺ガンと。昨年からぐんと進んだ認知症。
苦しいばかりの延命治療はしない、という前提の下、義兄夫婦が主治医と共に、ずっと見守ってくれていました。

肺から脳に転移する時、相当な苦痛を伴うはずであるのに、そういった兆候を全く見せなかったことから、脳の痛みを司る部分が真っ先に損なわれたのではないか、と主治医は考えて。
病と闘いながらも、ゆったりと日々を過ごし、最後は眠るように逝ったそうです。
義兄の、「もう苦しまなくていいんだよ」という言葉と抱擁を受け取った後、だったそうです。

正直、決して価値観の合う義父ではありませんでした。
が、私にとって尊敬する存在である義兄と旦那を、愛情深く育ててくれたことは、いつも感謝しておりました。

旦那が日本出張中であったこと。
駆けつける私達も、お嬢の学校の連休と重なって、常より行き易い時期であったこと。
その時を選んでくれたのか、と思ってしまうと、どうしようもなく泣けました。


昨日が通夜、今日が告別式でした。
地元で色々と精力的に活動していた義父でしたが、本人の意志もあり、ごく限られた身内だけの儀式でした。

家族葬で、いいお式でした。
義兄も義姉も旦那も、立派でした。
3人の孫達も、健気でした。

義母は、私達の結婚前に、会えることなく急逝してしまったので、これで私のもう一組の両親はいなくなってしまいました。
昨年には父方の祖母が、数ヶ月前には母方の祖母も逝ってしまいました。
年齢を重ねる過程で、子供達の成長を目にしていくことは大きな喜びですが、同時に、永遠の別れも伴うことなのだ、ということを、改めて自分に言い聞かせております。


明日には帰宅します。
そして、日々変わる事柄で出来上がる、「日常」という流れに戻ります。
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by senrufan | 2010-10-10 21:23 | Trackback
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