人気ブログランキング | 話題のタグを見る

一期限りである一会 (その5)

「明日の実現を制限する唯一の要因は、今日の疑惑である」
   ----- フランクリン・D・ルーズベルト
       (アメリカ人、第32代米国大統領、1882年6月30日生まれ)

* * * * *

【レストラン】

繰り返しになるけれど、ほんとに夢のような5時間で、ずっとその中でたゆたっていたような、そんな心地で外に出た。
帰る時間になっちゃった。と、子供のようにつぶやいたり。

敷地から出る前に、Wさん旦那様が前方のドアを指して、
あそこから厨房がちょっとのぞけるかもしれない、行ってみる?
とおっしゃったので、ちょっとだけ、のつもりで寄っていった。
そうしたら、たまたま窓越しに、マネージャーさんがWさんを見て、ドアを開けて挨拶してくださったの。
続けておっしゃるには、
「あと5分ぐらいでミーティングが終わりますから、その後で厨房をご覧になりますか?」

再び、頭が真っ白になるショーゲキが。物も言えず、ぶんぶんぶん、と頭を縦にふったことは言うまでもないんだな。




DSCF2841

ディナーがもう始まる、という大変忙しい時。
こうやってのぞかせていただくだけでも申し訳ない、と思いつつも、シェフの皆さんの動きから目が離せない。

飛ぶような勢いで動いて、言葉も互いに沢山交わしているのに、喧騒ではなく、活気という言葉がふさわしく。むしろ、落ち着きさえ感じられ。
そして、その清潔さに驚いた。はねたソースも、こぼれた食材も見当たらず。
キッチンが清潔であることを第一とする、オーナーシェフのケリー氏の教育が行き届いていることは勿論、一人一人が高い技術を持っている証拠なのだろうね。と、調理中の自分のキッチンを脳裏に思い浮かべて、思わず、ずーん、と落ち込んだり。(つまり惨状…)

長居するわけにはいかないので、数分で外に出て。
改めて、マネージャーさんにお礼を言って、ゆっくりと建物の出口に向かったよ。

この後、近くに建つ、French Laundry系列のベーカリーに行ったのだけど、それについてはこの次に、ということで。


DSCF2842

さて、今回のFrench Laundry訪問が決まった後。
身近な友人達に、行くんだよー、とコーフン気味に話したのだけど。
いいねー!という、好意的な反応だけでなく、結構な数のネガティブな反応もあったのだ。

たとえば、前に行ったけど、あれだけのお金を払うほどではなかった、というものや、
お高くとまってて、サービスが悪かったんだって、というものだったり、
中には、あまり満足しなかった旨を伝えたら、その場でケンカになったと聞いた、というものまで。

ネットで感想を幾つか拝見しても、絶賛と批判、それぞれの評価が混在しているね。
自分の体験を書かれている方はその通りとして、未訪の方々が、検索の結果、こういう感想に行き着いたら、どうしてもマイナスイメージが作られていくのは仕方がないことで。
映画にしろレストランにしろ、この手の情報を先入観として持たずに、白紙でその場に臨めば、自身の感想が持てるのだろうけれど。
同時にそれは、チェックすべき箇所や、知っておいた方がより楽しめる類いの情報をも持たずに行くことになるので、後になって知って後悔する、という可能性もあるわけだ。

それもこれも、「その時限り」と思うが故に、選択に迷うことになるんだな。
その後、何回も体験できるもの、とわかっていれば、最初は白紙で行って、次は事前学習をみっちりとした後で、という形も可能になるものね。
ましてや、French Laudryクラスのレストランとなれば、何回も通える人は限られてくるわけで。
そして、その一回きり、と思えば思うほど、その一回で得た印象が強く刷り込まれてしまい。
それが否定的なものであった場合、そのまま変わらずに保持されていくことになるんだろう。

店にとっても客にとっても、一期一会なのだなあ、としみじみ思う。

元々、千利休が茶道において説いた、「今日という日は二度とないことを肝に銘じ、茶会も生涯でその一回限りのものと心得て、主客共に誠心誠意その場にのぞむべきである」という精神から来ている言葉。
もてなす側も、もてなしを受ける側も、こんな機会は二度とない、と思っていれば、そこにはどんな空気が、空間が生まれることか。
傲慢なのかもしれないが、自分の身の丈ではないと思う店であるからこそ、余計に噛み締めたことであったのだ。


DSCF2844

そんな、常にない緊張感の中で味わった食事に対しての、あくまで私個人の素直な感想は。
掛け値なしに、お世辞もなしに、本当にどのお皿も美味しかった。
唯一、最後のタルトやお土産のクッキーは、かなりアメリカンテイストで、私の好みではなかったのだけど、質そのものは高かった、と思う。

今回、Napaという場所だから、というわけではないのだけど、ベジタリアンコースをいただきながら何度か思い浮かべたのが、数ヶ月前に訪れた、ベジタリアン・レストランのUbuntu
あちらに行った時の感動ぶりは、暑苦しいぐらいに日記に書いてしまったのだけど、おしゃれなベジコース・ミシュランの星付ということで、ついつい比較対象に。

私レベルでは(つまり低空飛行)、両者とも感動は同程度。
美味の口福も、盛り付けなどに対する眼福も。

が、Ubuntuが一般的なメニューであるのに対して、French Laundryは9品という長丁場。
加えて、9品というコースを、材料をかぶらずに作り上げていることを考慮すれば、ますますそのすごさを実感する。
それも野菜だけの皿で、それぞれに数種類使っていて、尚且つ、であるのだから素晴らしい。旬の素材を使おうとすれば、どうしたって限られてくるものを。

サービスという点では、Ubuntuは一般的なレストランとしては、とても良かったが。
French Laundryは格の違いというか、本来ウェイトパーソンとは特別な職業人なのだな、とこちらに再認識させるだけの研鑽を積んでいる。
でもこれは、店の種類の差である、と思うべきだろう。

なので、一番の問題になるのが、やはり値段。
Ubuntuだったら、家族3人でトータル$120~$150ぐらいに対し、French Laundryは、1人分の基本値段が$250。
それにワインを頼んで、チップを入れて、となれば、どれぐらいの金額になるかはご想像の通り。
実際、この時の支払額は、Wさんがワイン等、申し訳ないという言葉ではすまないほどのご好意を示してくださったにも関わらず、我が家の1ヶ月分の食費に相当した。

それだけのお金を払う価値があると思うかどうか。焦点は結局、そこに在る。


友人家族が、日本滞在中に、やはりミシュランの星がついたフレンチに行った時。
ワインも上等のものを頼んで、家族3人分のコース料理で、10万円を超えるお勘定になったとか。
値段が同程度なら、日本のフレンチの方が舌に合う。
そう思う人もいらっしゃるだろうし、なんら間違ってるところはない、と思う。

味が同程度なら、French Laundryの値段で、Ubuntuに何回行けることか。
もしくはそれだけのお金があるなら、別のミシュラン格のレストランにトライしたい。
そう思うこともまた正解、と考える。

それでも今回、French Laundryに行けて本当に良かったと思えるのは、私個人の別な要素が大きかったのだ。


        DSCF2788

私達がテーブルに案内された時、Wさんの席に向けて、一通の封筒が置かれていて。
開けてみたらそれは、オーナー・シェフのケラー氏から、Wさん宛の温かいメッセージ、だったのだ。

食事療法を実践中のWさんは、幾つか制限がある為、一般的なレストランに行くことがない。同時に、身体がそれだけ澄んでいるので、とても鋭い味覚をお持ちでいらっしゃる。
そんな彼女が、特別な時にぜひ行きたいと思えるレストランが2軒あって、French Laundryはその1軒であるという。

行きたいと思う理由は、味が良いことは当然として、彼女のリクエストにどれだけ快く応えてくれるか、ということが重要で。
彼女のリクエストとは、「野菜・果物オンリー」。更に乳製品、パスタやパンなどの小麦製品、穀類、豆類も不可。動物性なしの完全ヴィーガンであるだけではないのだよ。
そのリクエストへの応え方、それはひいては、その店のサービスの質を計る目安にも繋がるね。

French Laundryは、あれほどの高い評価と名声を得ている店であるに関わらず、いや、むしろ、だからこそ、なのかもしれないが。
彼女の望む範囲内で、彼女一人の為だけに、9品というコースを作り上げてくれるのだ。サービスメニューも加えれば、今回は11品のコースをね。言うまでもないが、材料がかぶることのないように。

帰る時になって、ウェイター頭のおじさまが優しく微笑みながら、彼女に言ったこと。
今回の彼女のコースは、ケラー氏が手ずから全て作り上げたこと。
彼にとって、彼女の料理を作ることは、いつもすばらしいチャレンジであり、喜びであること。

美味しい、という一言が、Wさんから聞かれることが、どれほど価値あるものであることか。


French Laundryの名声が高まっていくほど、寄せられる感想も、ますます多岐に渡るけど。
私がこのお店に来ることは、恐らくこの時限りであろうけれど。
Wさんとお店との良い関係は、ご夫妻が足を運んだその回数が増すごとに、少しずつ築いてきたものであることは、重々承知の上で。

大切な友人を、大切にもてなしてくれている。
そのことが、もしかしたらいただいたお料理以上に、とても嬉しいこと、だったので。

一回限りのこのレストランとの出会いは、私の中で、大事で温かい思い出となったのだ。


最後になりましたが、改めてWさんご夫妻に、厚く御礼申し上げたく。
誘っていただくことがなければ、一生足を踏み入れることのない場所でありました。
その、ただ一回の体験が素晴らしいものになりましたことは、お二人のご人徳あってこそ。

お二人は14周年、我が家は19周年となった、今年の結婚記念日。
来年はお互いに、区切りの良い記念日を迎えますね。
不束者揃いの一家でありますが、どうかこれからもお付き合いの程、よろしくお願い致します。

*-*-*-*-*-*-*-*-*

今年に入ってから、ブログを通じて知り合った方々と、オフラインでのお付き合いが始まって。
Wさん始め、とても良い方ばかりで、これからもお付き合いいただけるように、私こそが精進しなくては、と思ってはいるのですけれど。(努力もしなさい)

初めてWさんと会ったすぐ後に、たまたま手にしたフォーチュンクッキー。
中に入っていたのは、それがどの人を指しても望まずにはいられない、2行の託宣でありました。


DSCF2910


次回の番外編(?)で最後。
Bouchon Bakeryでのお買い物です。


The French Laundry
6640 Washington Street
Yountville, CA 94599
by senrufan | 2010-06-30 10:38


<< 七月・文月・孟秋 集うべき旗を手の中に >>