小さな足の、大きな一歩 (4)

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先日、お嬢の高校の3年生男子の自殺、という悲劇が起こりましたが。
今度は最上級生の4年生女子が、続いて自ら命を絶ってしまいました。
卒業まで、あと1週間という時に。彼が選んだ踏み切りを、彼女もまた選んで。

地域のボランティアでも中心として活動し、エッセイコンテストでの特賞など、多才で人気者だったという彼女。
演劇に熱心で、来年度からはNew York Universityの演劇プログラムに進学することが決まっていたそうです。

なんでかなあ。なんでだろう。
どうしたらよかったんだろう。
涙と一緒にこぼれてくるのは、こんな言葉ばかりです。


娘がティーンになって、いろんな感情を経験するようになって、改めて周りを見回してみれば、心の病を抱えた人がとても多い現在という時代に、愕然とせずにはいられませんでした。
私自身、経験がある友人が数人いて、彼女達から教わることは、一つ一つが貴重で大事な財産、と思っています。
この夏休みの間に、お嬢のLiving Skillsシリーズで、その辺りをちょっと記録しておく予定です。


今日通ったその踏み切りでは、追悼の為のバイオリンを弾いている人がいました。
周囲の金網には、花が幾つも捧げられていました。

* * * * *

【雑事】

3. 始まりの頃

中島和子さんの本によれば、「母語に加えて、外国語に堪能になる為には、幼稚園から始めて約5,000時間必要」と言われているそうです。
ちなみにこれは、英語を母語とする人が仏語を学ぶ場合の話ですから、構造も何もかも違う日本人の場合は、さらに何倍もの時間がかかることなんですね。

以前、私がカレッジで習ったことですが。
英語を母語とする人が習う外国語のうち、最も短時間で会得できるのがスペイン語。
最も長くかかるのが、中国語・アラビア語・日本語、でした。
これは同時に、その国語を母語とする人が英語を習う場合にも、同様のことだそうです。
だから私は英語ができないんだーー!! と絶叫してみるテスト。(オマエだけだ)




前回書いたように、日本から海外に来た子供で、英語での会話がスムーズになるまでの期間は、最低2年。
しかし、子育て経験のある方なら、どなたでもおわかりの通り、言葉の発達は、ほんとーーーに個人差が大きくて。早い子なら1年、ゆっくりタイプなら5年、ということもありえるわけで。
親としては、環境選びから、話しかけや読み聞かせなどの働きかけは勿論行うものの、その後はひたすら見守るしかないわけですが、これが一番辛いところ。どうしても焦ったりやきもきしたり、の連続なわけですね。

だからこそ、初めて英語を口にしてくれた時というのは、本当に嬉しいものでございましょう。


私の周囲にいた子供達が、どのように英語を話し始めたか、ということを思い出せば。
早い子は、日本語に英単語を混ぜて話し始めて、それから二語文に移行していって、1年~1年半ぐらいで現地の子と対等に会話するようになっていってましたな。

かと思うと、プリスクールに行き始めて1年間、全くしゃべらずに過ごしたのですが、2年目から話し始めた時には、ちゃんとした文章で話すようになっていた、というお子さんも。
なかなか話さないので、親側はハラハラし通しだったものの、結局ゴールは同時だった、というパターンが多かったです。
ただ、これはあくまで、幼児期の会話オンリーの話なので、読み書きがついてくる学齢期に渡米してきたお子さんの場合は、更にバリエーションが。


幼児がプリスクールに通い始めて、最初に口に出すようになる言葉というのは、
No! (いや! だめ!)
Let me in! (仲間に入れなさいよ!)
Leave me alone! (ほっといて!)
Don't touch me! (さわらないで!)
It's mine! (わたしのよ!)
……サバイバルと自衛の用語だったりします。(そっと涙)

日々戦ってるんだなあ、とうるうるしてしまったりもしますが、同時に、「英語を使わなくてはならない状況」に身を置くことが、英語上達の道の一つであることを改めて認識します。
だから私は英語ができないんだーー!! と、再び絶叫してみるテスト。(オマエだけだってば)

プリスクールに子供をどのぐらいの時間通わせるか、というのも、お母様方の悩みどころの一つだと思いますが。
これもまた、お子さんによって色々で、長くいることで上達していった子もいれば、短時間しかいなかったのに、きちんとした英語を身につけた子も。
なので、これはお子さんの様子や学校の姿勢などを観察しつつ、ご判断されること、と思います。

ただ、冒頭で書いたように、外国語を身につけるには、それなりの時間触れることが大切なので、ある程度まとまった時間を英語環境で過ごすことは、やはり意味のあることだ、と言っていいのではないでしょうか。
*-*-*-*-*-*-*-*-*

68億人のうちの、お嬢という1人の例では。
日本語でもそうだったのですが、なかなか英語を話さないなー、とやきもきしていたら、話し始めた時には結構ちゃんとしていた、というパターンでございました。

日本で元・保育園児だったお嬢。
その甲斐あって(?)、言葉がわからない環境でも、そういう学校的な場に慣れるのが早かったので、1ヶ月ほど経った頃から、毎日夕方までのDaycareに延長したのです。
1人っ子で家に兄弟もいないし、早めに現地に馴染んで、友達を作ってほしかったので。
もちろん、行くのを泣いて嫌がる時期などもありましたが、こちらも元・保育園児の母だったので、その手の経験を生かし、なんとかかんとか対処しながら過ごしておりました。

そうしながら10ヶ月ほど経っても、我々の前では単語も滅多に口にすることがなかったので、かなりハラハラ。
学校の先生は、「話さないけど、こちらの言うことはわかってるから大丈夫よ」と励ましてくれていたのですけどね。
アメリカの先生は、なんでもかんでもほめてくれるんだ、ということがいい加減わかってたので、それを完全に信用しきれなかったのでございます。現地生活の知恵。(ほんとか)

とある風の強い日、お嬢を迎えに行って、たまたま会った先生と話しながら、学校の廊下を歩いていたら。
私達の前にいたお嬢が、風を受けて走りながら、
「It's windy today!」
と言ったのですよ。

しゃべった。しかも、いきなり文章で。
いやもう、あんぐり口あけちゃって、先生を驚かせてしまいましたです。

しかも次の日、空を飛んでいく鳥の群れを見ながら、
「Where are they going to?」
そっか、toをつけなきゃいけないんだー。
つかオマエ、今まで何年英語を習ってきたんだ、ええ?
と、驚きつつも、自分へのツッコミも忘れない。(どーでもいい)
要は、お嬢が話し始めて2日目で、すでに追い越されてしまったのでありました。(あああああ)

こんな感じで始まった後は、急な右肩上がりのカーブで加速。
2年経った頃には、英語よりむしろ、日本語の維持と、二ヶ国語の使い分けに心を配るようになりましたです。


振り返ってみればこんなもん、ですが、そのマエフリとして、妙に心に残っているエピソードが一つ。
渡米して2~3ヶ月後だったかなー、夕食に里芋が入った煮物を出したんですよね。
里芋が大好物だったお嬢は、私に向かって、
「さといも、ちょーだい。さっといもぅ
と、のたまったのでございます。はい、”さ”に大きくアクセントですよ。

英語と日本語に共通する単語を、英語で言う時は、頭にアクセントがつくっぽい。
そんなことを自分なりに把握してきたんだろうなあ。

彼女のいじらしさに感動した、と言いたいところでありますが、実際のその瞬間、笑い転げる一方だったことは言うまでもありません。(酷)
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by senrufan | 2009-06-04 12:50 | Trackback | Comments(4)
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Commented by マミィ at 2009-06-07 17:33 x
ティーン・エイジャーが自ら命を絶ってしまう・・・そしてその理由さえわからないで取り残される家族や友人たち・・・本当に残酷なことですね。

風を受けて走りながらの初英語に大感激!繊細なお嬢らしきフレーズですなぁ。その場に居たら泣いていたな、私。
Commented by こっぺ at 2009-06-07 21:45 x
お嬢さんの学校の子だったんですか。オットが通勤途中で事故があったと話していたんですが。残された家族のことを思うと胸が痛みます。

私も中島和子さんの本から、5歳くらいまではとにかく日本語の環境でいるのがよいということを知ったんですが、こちらだとキンダーにはいってしまいますよね。そこでいきなり英語環境になると、オチこぼれになるショックが大きくて心の傷になってしまうんじゃないか、日本人としてのアイデンティティが失われずとも揺らいでしまうんじゃないか。それが私の一番の心配なのです。いずれは突き当たらなくちゃいけない壁でどうにもならないのだけど。うちの子どもは慎重派なので、きっと時間がかかるだろうなと思っています。なので日本語のプレに通いながら現地のプレにも行かせようと思ってます。環境選びとありましたが、Miyukiさんはどんなことに気を使われましたか?よかったら教えてください。
Commented by Miyuki at 2009-06-08 13:35 x
*マミィさん
本当に、残酷の一言ですよね。学校では結構な騒ぎになっていて、先生方も保護者もぴりぴりしているようです。悲しみと切なさと同時に、怒りも覚えてしまうこの頃。

えへ、あの時の彼女の走る姿は、いまだに記憶にあるんですよ。3歩歩いたら忘れる私が。
Commented by Miyuki at 2009-06-08 13:54 x
*こっぺさん
そうなんです、娘の学校だったので余計にこたえましたです。ましてやご家族は、と思うと、言葉がありません。

心配されるお気持ち、よくわかります。我が家がどうだったかということも、おいおい書いていく予定ではありますが、とりあえずうちは、「英語環境と日本語環境を分けること」「それぞれで徹底すること」「その方針を揺らがせないこと」を心がけてきました。って、そんなカッコイイもんじゃなく、ほんとに恥だらけでしたが(涙) 娘は3歳からずっと夕方までの現地デイケアにいて、日本語は補習校に入学するまでは家庭のみでしたが、すごく日本人という自我が強く、こちらがヘキエキするぐらいなので、面白いもんだなあ、と思います。子供ってやっぱり、とてもしなやかな生き物なんですね。その力を信じて、どうにかこうにかやってこれました。ほんとにたった一人の例に過ぎなくて申し訳ないのですが、少しずつ書いていきますね!


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