銀幕という名の通過儀礼 (その3)

蓄音機の日、こだまの日、パラグライダー記念日
サン・テクジュペリ没(1944年)
東京・山手線に冷房車初登場(1970年)


「The eye of genius has always a plaintive expression, and its natural language is pathos」
                                  Lydia M. Child

* * * * *

【映画】
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「お嬢に見せたい名画・第3弾鑑賞」は、チャップリンの「街の灯(City Lights)」です。
一緒に行った友達が、この映画を評して「世界遺産級」と言ったのですが、正に至言の一言。
上映日が水曜だったので、お嬢のスイミングと重なったのですが、母の権限で強硬休み。(とんでもねえ) 世界遺産の鑑賞時間と相成りました。

この日も、映画館の前は長蛇の列。この一晩限りの上映だったのもあるのでしょう。会場に余すところなくたちこめるのは、満員の観客がみなぎらせる期待と、漂うポップコーンのバターの香り。
この映画も数回は観たはずなのですが、相変わらず細かいところまでは記憶にない、このスッポヌケ頭。それでも最も鮮明に覚えていたラストシーンに備えて、タオル@涙と鼻水対策も怠りなく。
大きなスクリーンで10数年ぶりに観た「街の灯」は、まるで初めて出会ったかのごとくに、また沢山の笑いと涙を、持ち切れないほど与えてくれたのです。




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喜劇王と謳われた、チャーリー・チャップリン(チャールズ・チャップリン)。次々とトーキーに移り行く映画界の風潮に、頑固に抵抗を続けた彼でしたが、これが彼にとって、最後のサイレント作品となりました。
制作・監督・脚本・編集・音楽・作曲・主演。一人でこれだけの役割を勤め上げた渾身の一本は、セリフこそサイレントではあっても、音楽は絶えず美しく、背景から流れる形をとっています。

冒頭、記念像の除幕式。覆いをとったらそこに寝ていたのは、トレードマークとなった”浮浪者”スタイルのチャップリン。
ちょび髭、ステッキ、ドタ靴、ダブダブズボンに山高帽。あまりに有名なこのスタイルの為に、チャップリンの素顔を知らない人もいるほどですが、常に変わらないのは、感情をあけっぴろげに表現する、あの丸く輝く瞳でしょう。

一目ぼれした盲目の花売り娘の為に、あれやこれやと手を尽くそうとするチャップリン。ふとしたきっかけで助けた大富豪の、ジキルとハイド酒乱癖に振り回されながら、ちゃっかり利用するところはしたりして。
大富豪の家で、ナイトクラブで、ボクシングの賭け試合で。音響効果はあるにせよ、全てパントマイムで表現される、その声にならない言葉の数々が、なんと雄弁に響くこと。

観ているこちらは笑って笑って、笑い続けて。大富豪の執事や警官などの態度に、時折胸をちくん、と刺されるのですが、それもすぐに笑いにかき消され。
チャップリンを優しくお金持ちな紳士と思い込んだ花売り娘との、しっとりと優しさに満ちたやりとりに覚える、微笑みと温かさになごまされ。
ふと横を見てみれば、同様に大笑いしている娘達。古い映画ゆえ、彼の笑いがどこまで通用するか、ちと不安であったのですが、さすがにそこはチャップリン。彼の芸は、時代を超えて普遍のものでした。

映画の最後まで、こうやって笑っていられれば良かったのですが。
現実、認識、誤解、偏見。別れに繋がる黒い種は、決して絶えることはなく。また、チャップリンの作品において、それらに目をつぶることはなく。
刑務所に引っ立てられていくチャップリンの、それでも笑いを忘れない後姿に、こぼす私達の笑いには、はっきりと涙が混じります。

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終わり良ければ全て良し。どんな作品でも、ラストシーンはとても重要ですが、この映画はそのセオリーを150%証明するかのごとく、あまりに意味が深い幕切れで有名です。

刑務所から出てきて、一層ボロボロになった衣服をまとい、かつてのはねるような足取りはどこへやら、背中を曲げてよろめきながら、かろうじて歩くチャップリン。
浮浪者という身分であっても、少なくとも自由という財産を持っていたはずなのに。笑いの影に確かに潜んでいた黒いものが、すっかり奪い去ったかのごとく。
新聞売りの少年達のいたずらは、最初の方のシーンと変わらないのに、なぜこうまで胸を痛くさせるのでしょう。

チャップリンの与えたお金で手術を受け、今では目が見えるようになった娘。彼の手を取り、彼が誰であるか気づいた時。
「You?」

「You can see now?」
「Yes, I can see now」

字幕に現れる文字はこれだけの。しかし、チャップリンとヴァージニア・チェリルの表情と仕草が、このセリフの後ろから支える力は、強く我々を圧倒し。
花売り娘だけでなく、今では我々までが「見える」ようになったもの。それはサイレント映画にふさわしく、とても言葉にし尽くすことのできない、胸を痛め、涙を溢れさせ、ただ心と身体を震えさせ。

この後、この二人はどうなったのか、というのは、この映画が公開されて以来、数え切れないほど問いかけられてきた疑問であると思います。
子供の頃であれば、単純にハッピーエンドを期待できたかもしれませんが。ある一定以上の長さの人生を過ごしてしまえば、その地点に再び戻ることはできないので。
その生きてきた長さに応じて覚えた、悲しみを堪える術を使いながら。唯一できることは、最後まで目をそらさずに、今まで何度も目にしたはずの彼らの表情を、再び脳裏に焼き直すことだけでした。


観終わった後に、娘達に感想を聞いてみたところ、
「ベタな笑いだったけど、面白かった!」
とのこと。
そうか、君達にはあれが「ベタ」と映るんだなあ。
その「ベタ」が初めて世に出た時は、どれだけ新鮮であったことか。その上に無数に積み重ねて現在に繋げることは、基盤が強固であったからこそでき得たこと。それを忘れないでくれたなら。
かつては歴史あるものに対して、彼女達のように感じ、深くとりあうことのなかった私達が、いつしか母となったことで、今度はその言葉を伝える番になったのだ、と改めて思わずにいられませんでした。

サーカスのビエロには、実は精神病に悩む人が多い、と聞いたことがあるのですが。
心を温かくするはずの”笑い”に、最も近いと思われる人々の抱く、深く暗い心の闇。それは喜劇王と言われたチャップリンも、例外ではありませんでした。

父に死なれ、母は発狂し、兄と共に、幼いうちに孤児となったチャップリン。
多才・多芸な完璧主義の元、次々と話題作を生み出しますが、いつしか政治という俗この上ない流れに巻き込まれ、赤狩り→米国追放、という屈辱を味わいます。
彼の人生や作品について語り始めれば、とどまるところを知らないものになることは間違いなく。この場はこの作品限り、としておくのが必定と思われます。

今はただ、母親のわがままと感傷で、オールドムービーに付き合わされたお嬢達の、せめて心の一番隅にでも。微かに光る存在として、何かが住み着いてくれたなら。
親として、ファンとして、そんなことをひっそりと願っているのです。

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by senrufan | 2008-07-31 13:31 | Trackback | Comments(4)
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Commented by すれっぢ at 2008-08-02 23:23 x
いいですね~映画館のスクリーンでみられるなんて。
TVでした見たこと無いので、羨ましい~~。

お嬢さんにとってチャップリンの映画を映画館で見られたという
経験だけでも非常に貴重になるのではないかと思います~。
よっぽど運良くないと見られないと思うのですが。
Commented by Miyuki at 2008-08-03 10:40 x
*すれっぢさん
わあ、優しいお言葉ありがとうございます~。ほんと、そう思ってくれるといいなあ。
そういう意味では、日本はいい国ですよね。名画特集やってくれるし、外国の翻訳本の数は世界トップレベルだし、触れるチャンスが多いから。
Commented by ayumin_moo at 2008-08-03 11:27
Miyukiさん、私が「ガニ股」なのにお気づきですか?
実は、私、中学校の頃にチャップリンに憧れて、真似して歩いていたのです。
そのせいで、今でも「がに股」は治りません。(涙)

そのくらいチャップリンが好きなんですよ~!!!
一時期、テレビでチャップリンの映画をやると録画までして見ていました。
おっしゃるとおり、笑いだけでなく涙までまじってしまう彼の映画。最高です!

お嬢様にはベタでしたか。。。
でも、これでチャップリンに憧れてがに股になるよりは良かったのではないかと。。。
Commented by Miyuki at 2008-08-04 09:39 x
*ayuminさん
なんとなんと、すごい告白を聞いてしまいましたぞ! ガニ股に関しては、はっきり言って全く!気づきませんでしたが、初々しいばかりの青春時代に、若き乙女をそこまで駆り立てたチャップリン。改めてすごい人だと感服いたしましたです。植木等を理想の男性と言ってはばからない自分と通じるものがあって、嬉しさのあまり、身体が震えてしまいました。
願わくば、娘にもこおゆう男性が現れてくれればいいなあ。(うっとり)


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