All things were possible through love and kindness

Republic Day (Portugal)


マナブ
:先生から教えられたことをそのまま真似るような勉強の仕方。マネブからきている
オボエル
:それを自分で活用することもできるようにすること
サトル
:教えられなくても自分で判断できること

マナブからオボエルに進まなくてはならないし、できればサトルようになりたい。
国語学者・柳田國男氏による分け方だそうです。

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【イベント】
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ジョン・レノン。John Winston Ono Lennon, MBE(1940年10月9日~1980年12月8日)。
あまりにも有名で有名で、なのに私が語ろうとすると、実はごくごくぼんやりとした輪郭さえも満足に語れない人物、ということに気づいてしまいました。



元ビートルズで、20世紀最大のミュージシャンの一人で、平和運動家。
奥さんのオノ・ヨーコは、米国で最も有名な日本人の一人。
「イマジン」「スタンド・バイ・ミー」「ハッピー・クリスマス」。息子のショーン。
こんな切れ切れのイメージだけで、でも彼が死んだ時に世界に走った衝撃の大きさが、なぜかとても印象に残っています。

生きていれば、今月の9日で67歳を迎えたはずのジョン・レノン。
それを記念して、実は美大生でもあった彼のイラストの展示会&販売会が、地元市のショッピングセンターで開かれたので、思わず足を運びました。

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ペンとインクの、もしくは墨の、シンプルないたずら描きのような。しかし切り取っているものは、悉く彼が伝えるメッセージ。
簡素な額に収められた中から、彼のリトグラフやエッチング達が、飾ることなくそのメッセージをストレートに訴えかけてきます。
50点以上もの画に加えて、「Bag One」と名づけられた、ヨーコへの結婚の贈り物の一連の絵、息子ショーンの為に描いた物語や動物のもの、そしてビートルズ時代のもソロ時代のも含めての、直筆の歌詞が幾点も。

題材は、ほとんどが彼と彼の家族、猫、その日常。
見つめ合って、抱き合って、愛しい笑顔をそこにとどめて。単純な線と背後の広大な余白。添えられたサインとオリジナルなスタンプ。

今となっては、いや当時でさえも、彼をTV画面やフィルムの切れ端、レコードから流れる声でしか知りえなかった自分。それはこうやって絵を間近で見てさえも、やはりただ表面をなぞって、何かが見えないかと目を凝らすことしかできないのですが。

それでも例えばショーンが生まれてから、日本に滞在して、日本語を学んだ時期があったことを、「Musician」や「Poet」の中に書かれた”Ongakuka””Shijin”という文字で知ったり。
ヨーコがショーンに日本語を教える教材として、「Da Da Ma Ma」を始めとしたフラッシュカードを作ったことを知ったり。
「Suddnely 38」で、38歳という年齢を実感した彼の驚愕が身近であったり。
「Power to the People」が訴える、市民権獲得の為の苦労と怒りにうたれたり。
「Nothing is Impossible」にこめられた、「愛と優しさを抱き続ける限り、水の上だって歩けるようになる」というメッセージに、一貫した彼の思いを感じれば。

偉大すぎて遠すぎて、目を向けることもなかった自分が、ようやく彼という存在の輪郭を、少しだけクリアにすることができたような気がして。
確かにその時代に一緒にいたのに、と惜しむのではなく、彼のメッセージの永続性を思えば、今からでも何かを受けとることができるのではないかと、見えない手で背中を押されたように、少し背筋を伸ばしてみたりして。


彼のパートナーであり、今回の展示会の主催者でもあるオノ・ヨーコから、展示にあたって寄せられた言葉の数々があります。
「彼は言葉を伝える為にアートを手がけました。ただのきれいな壁紙としてではなく」
「彼が今日まで生きていたら、きっとコンピューターにはまっていたでしょう。そして今世界で起こっている出来事に、激怒していたことでしょう。私には彼が感情的に叫ぶのが目に浮かびます。『僕達は何かをしなければ!』」
「ジョンはアートを一種のセラピーとして使っていました。彼は非常にリアリストであり、また自己を記録するタイプの人間だったのです」

「彼のアートが皆さんの前に並べられて、あるがままに受け入れられることは、ジョンが常に夢見ていたことです。どうか彼のアートに耳を傾けて下さい(Listen to the art)

会場では、彼の音楽と歌声が、途切れることなく流れ続け、訪れた人達は知っている曲がかかると、共に口ずさみながら絵を見て歩き。そして彼直筆の歌詞の額の前に立ち、その言葉を音ではなく、形の上で追ってみたりしていました。
それが一番圧倒的であったのは、「Happy Christmas」が流れた時。たまたまそばにいた3人の人達と、目と目を合わせながらの合唱になったのですが、歌いながら、これがジョンが理想としたものの一つであったのかもしれない、などと。


10月に入って、アメリカは一気にホリディシーズンに突入しました。今月末のハロウィンから、来月の感謝祭、そして12月のクリスマスへと続く、一年で一番華やかで、また家族と友人に思いをはせる時期でもあります。
12月8日はジョン・レノンの27年目の命日であり、実は日本軍が真珠湾攻撃を仕掛けた日でもあるという、皮肉以外の何物でもないような。
その頃には街中で、メディア中で流れていると思われる「Happy Christmas」を聴きながら、絶えることなく繰り返される彼のメッセージを、自分を含めた世界中の人々が、どのような思いで受けとめることになっているのかと。どこか祈るような気持ちで、改めて彼の歌を一から聴き直してみたいと願っているところです。
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この展示会で得られた収益金は、全てRonald McDonald House at Stanfordを通じて、病に苦しむ子供達への援助に使われることになっています。

"Come Together"
The Artwork of John Lennon


Legacy Fine Art and Productions
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Happy Christmas (War is Over)
(Happy Christmas, Kyoko
Happy Christmas, Julian)

So this is Christmas
And what have you done
Another year over
And a new one just begun
And so this is Christmas
I hope you have fun
The near and the dear ones
The old and the young

A very merry Christmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear

And so this is Christmas (War is Over, if you want it)repeat with verse
For weak and for strong
The rich and the poor ones
The road is so long
And so happy Christmas
For black and for white
For yellow and red ones
Let's stop all the fight

A very merry Christmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear

And so this is Christmas (War is over, if you want it) repeat with verse
And what have we done
Another year over
And a new one just begun
And so happy Christmas
We hope you have fun
The near and the dear ones
The old and the young

A very merry Christmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear
War is over, if you want it
War is over now

Happy Christmas

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by senrufan | 2007-10-05 11:37 | Trackback | Comments(12)
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Commented by shina_pooh_at_sfo at 2007-10-07 16:42
Miyuki さんのブログを拝見するたびに、Wikipedeia を検索してあまりにも有名なはずなのにぼんやりとしか認識していなかった偉人について学ばせていただいています。多謝。

「どうして彼はああまでして平和を訴えたんだろう。戦争被害者でもないのに。」と思った瞬間、自分が被害者にならない限り、何事に対しても傍観者を決め込んで興味を示さない情けない人間であることが浮き彫りにされました。がくん。。『マナブ』教育社会の中で、『サトル』ことの重要性を知らずに育ったからかなぁ、などと、やっぱり周りのせいにして、、情けない。Miyuki さんに今、重要なことを教わる子供な気分です。。(苦笑)まだ遅くないかな。母になる前だから。
Commented by usayamama at 2007-10-08 00:09
”Happy Christmas”は大好きな曲のひとつです。
父が大ファンで、その影響で小さい頃からよく聴いてました。
でも曲を知っていただけで、彼がどれだけの人に愛されていたかを
知ったのは彼が亡くなってず〜っと後の事。
その偉大さにも驚いたのですが、彼の奥さんが日本人と知った時は
もっと驚きました。
Commented by まきりん♪ at 2007-10-08 02:22 x
偉大な芸術家でしたよね、彼は。

「ジョンはアートを一種のセラピーとして使っていました。彼は非常にリアリストであり、また自己を記録するタイプの人間だったのです」

芸術を創作すること、また鑑賞することによるコミュニケーションには癒しだけではなく、悟りも起こるように感じられます。
Commented by Miyuki at 2007-10-08 11:01 x
*shinaさん
いえいえ、それは正に私がやっていることで! もうWikipediaなしでは生きていけません。良い時代になったものですよね~。

マナブだけの人間には、人の気持ちを想像する力がなかったりしますよね。私自身、ほんとにその力が足りなくて……そう思うと、ますますがむしゃらに本を読まなきゃいけない気に駆られたりします。確かに根本は教育と家庭の躾にある話なので、shinaさんのついてるポイントは正しいと思うです~。
Commented by Miyuki at 2007-10-08 11:04 x
*usayamamaさん
私もあの曲はほんとに好きで好きで。でも今まで歌詞を噛みしめることがなかったという……恥ずかしくて、お父様に顔向けできません(涙) これからちょっとCDや本をあたってみようかな~、と思っておるです。
そう、日本人なのですよねえ、オノ・ヨーコ。私も知っていながら、なぜか実感がなかったのですけど、ねえ。
Commented by Miyuki at 2007-10-08 11:06 x
*まきりんさん
偉大と知ってて、でもどこがどう偉大か、というのが良くわかってないままなので、まだまだ知らなきゃいけないみたいです、私。
アートというものも、五感を通じた立派なコミュニケーションが成り立ちますね。
Commented by シーラ at 2007-10-08 11:29 x
中学生の頃、イマジンの歌詞、必死に覚えたなぁ・・・(遠い目)

最近はね、マイミクさんに紹介されて読んだ 奥田英郎さんの「ウランバーナの森」がよかったのよぉ!ジョンが主人公なの^^
ビートルズ解散後、軽井沢の小野家の別荘に滞在している間の彼という設定の小説なんだけどね、モチ、フィクション。

幻想的でジョンがなんだかとっても身近に感じられたなぁ。
Commented by peartree22 at 2007-10-08 11:49
私がジョンを知ったのは中学1年生の頃でした。まずは、Yesterday(お決まりですね)、そしてもう少したってから彼が平和運動をしていることも。ジョンとヨーコについてはさまざまなことが言われていますが、でもやはり着実に平和について、家族についてメッセージを伝えた人として、私はとても尊敬しています。
なので、彼が亡くなった時のことはとにかく衝撃的でした。
クリスマスソングでやはり一番好きなのが、この曲。毎年聞きます。
クリスマスではなくても、戦争が起こった時や紛争が起こっている今だからこそ流して欲しい曲ですよね。
戦争をなくすることって無理なのかなぁと絶望しそうになるときに、聞く曲でもありますね。
Commented by Miyuki at 2007-10-08 12:57 x
*シーラさん
あ、やっぱり! シーラさんならきっときちんとフォローしてただろうなあ、って思ってたの~。「イマジン」もつくづく良い歌ですよねー。

そしてわあい、嬉しい情報ありがとうございまーす! 本情報には特に飢えているので大歓迎ですよお♪ よしよし、”欲しい本リスト”にバッチリ追加。
Commented by Miyuki at 2007-10-08 13:01 x
*ちゃんさま
うーん、ちゃんさまもさすが! 見るべきところをちゃんと見てらっしゃる。そう、あの2人については賛否両論ありすぎなので、自分はどう受けとめるか?というのをちゃんと見なきゃいけませんよね。
ほんとに、何度同じことを繰り返してるんでしょうね、世界のあちこちで。そしてこう言えるのも、自分が平和な世界にいるからだ、ということも繰り返し言い聞かせてしまいます。まだまだイラク問題で揺れる米国、きっと今年のクリスマスにも、この曲は何度も流れると思います。
Commented by マミィ at 2007-10-09 19:53 x
昨日ね、この記事読んで、Happy Christmasを歌っていたら滝のように涙が出たんだよ。あ~ん、Miyuki嬢に泣かされたぁぁぁ。
Commented by Miyuki at 2007-10-10 11:57 x
*マミィさん
なんと、愛しい姉さまを泣かせてしまったとわっっ!! あああどうしてくれようオノレ自身。こうなったらこのタルミ腹かっさばいてお詫びを

したら、脂肪をとれるかなー(すでに違う方向にいってます)(ほんとに死んでこい)


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