形を持たずに溢れるままで

Pakistan Day (Pakistan)

* * * * *

【個人的事情】
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その方と一度だけお会いできたのは、Long Beachでの英検試験会場だった。

3人いらっしゃるお子さんのうち、真ん中のお嬢さんがうちの娘と補習校の仲良しだったご縁で、励ましあいながらの遠地での一次受験。その時に付き添いとしていらっしゃったお父様。
体調が悪く、試験の間はホテルで休んでいらっしゃったと聞かされて、それ以上のことをうかがうことはなかったけれど。穏やかに話されるご様子と、お子さんにかけられる言葉がとても優しかったことを覚えている。



子供同士は随分前から仲が良かったのに、親同士はなかなか知り合う機会もなく、ようやくお母さんとお話しするようになったのが、補習校の卒業文集委員の活動開始から。そして続いた英検受験を通して。
実は共通の友人が何人もいたこと、こっそりおじゃましていた素敵なブログの管理人さんであったこと。私にとって大事な人達が、とても大切に思う人だったことを、後から知った。

アメリカ永住のご予定だったのが、ご主人様のお仕事の都合で帰国が決まり、それぞれ中学・高校受験を控えたお子さんに、英検を受けさせることになったと教えられて。
その頃、我が家は旦那が転職を決めた頃で、まだ誰にも打ち明けていない状態だったのだけど。これも何かのご縁と思い、友人以外で初めて事情を話したのが、彼女だったと記憶している。
アメリカ在住を望みながら帰国する彼女の前に、はからずも滞在が延びることになった自分がいて。罪悪感と申し訳なさと、もっと前に知り合っていられたらという無念さと。そんな諸々の感情を抱えたまま、春に日本に行く時は会いたいと言いながらのお別れだった。
ようやく日本行きの日程が決まり、ちょうど連絡をとろうとしていた矢先だった。


日曜に、共通の友人から受け取ったメールには、彼女のご主人がガンで亡くなられたことが書かれていた。
2年前の夏から病気と闘われていたことを教えられた。
前日の補習校の卒業の日、お嬢のクラスでは、クラスの一員だった真ん中のお嬢さんから、皆の卒業を祝うメールが読み上げられていた。


日々は常と変わらず過ぎ。お嬢も私も、何も変わらず一日一日を送り。日記を書かなくては、とPCの前に座るのだけど。何事もなかったように書けた日は、わずか1日だけだった。

友人、と言えるほどの親しさではなかったけれど。そんな距離が余計に、口から、手から紡ごうとする言葉を掠れさせ。
ましてやご家族の、そして周囲の人達の悲しみはいかばかりかと。毎日の何気ない瞬間に、ふとそう思うだけで、視界がぼやけるのを止められず。
せめて何かを伝えたいと、お嬢と買ってきたカードは、ずっと閉じられたままだった。

金曜になって、ようやくカードと向き合ってみたけれど、いまだに書くべき言葉は見つからず。
形にすることの難しさと辛さを、この週末は自分に課して。その後、ポストに投函できるだけの勇気は、一体自分の中のどこにあるのかと、どこか途方に暮れたまま。
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by senrufan | 2007-03-23 12:26 | Trackback
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