苦さと甘さと、傷の痛みと

「女性は顔は白く塗り、たいていは赤い口紅を塗って、目の周囲を青くする。赤、白、青という三色の取り合わせは、マンドリルの雄の色でもあって、霊長類にはもっとも影響の強い色合いです」
       -----養老孟司著「かけがえのないもの」より

……とりあえず、青系のアイシャドーはやめようと思います。

* * * * *

【学校】
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お嬢、学校で選択している音楽クラスのコンサート。日本で言えば吹奏楽かな。
年5回コンサートが予定されてて、今日はその2回目。



1回目のコンサートが終わって、翌日から即2回目に向けての練習が始まって、流れはそれでわかったらしい。
新しい楽譜は、先生が暫定的に決めた1stから3rdまでのパートに従って配布され、数日練習した後、オーディションがあるんだね。それによって正式パートが決まるわけ。
お嬢は1stトランペットのオーディションに無事通ったけれど、それまでの内部の鞘当てが結構あったらしいよ。心ならずも毎回調整役に乗り出さなければならなかったお嬢は(本人談)、「私は犬と猿のケンカの間に立つ、鶏の気分だよ」とのたまってた。

そんな話はさておいて。
コンサートは6年・7年・有志ジャズバンドなどがそろって、正直レベル的には高くないけど、子供達と保護者はいつも盛り上がって、つまらなかったことは一回もない。
きっと練習も家では大抵の子はやってなくて、音楽の時間だけで。だけど自分は上手いと思っているのか、下手でごめんなさいなんて生まれてから思ったこともないだろう、みたいな態度で、常に堂々としてるのが当たり前の。
音楽に限らず、こちらでの催し物は、全てそのノリのようで。私自身の価値観とは相反するのだけど、それが心地よかったりするのも正直なところ。


私は中学の頃、吹奏楽部でトランペットをやっていて。高校の吹奏楽部でオーボエを始めて、大学ではオケで続けてオーボエ。
中学からずっとコンクールや演奏会に向けて、毎日毎日練習で。朝練・昼練・放課後練。音楽が好きで、仲間が好きで、練習も決して嫌いじゃなかったけれど。

管楽器というものは、どうしてもソロが多いんだな。特にトランペットとオーボエはな。
これが私は大が1万個ついちゃうぐらいに苦手でな。人が聴いていると思うだけで、もう身体の震えが止まらなくて。随分と自意識過剰なもんだった。ガラスの心臓と呼ばれてた。普段の私を知っている人は、吹き出すだけだったけどな。(ふっ…)
練習して自信がつけば大丈夫、と言い聞かせて、毎日練習するんだけど、いつまでたっても大丈夫と思うレベルに辿り着けなくて。
だから1stになりたい、なんて思ったことはなかったよ。むしろ別のメロディーを添えて音楽を作れる、2ndが一番好きだった。1stの音を聞きながら、それに溶け込むように合わせるのが好きだった。

でも日本の部活というのは年功序列なのであって、上になればいやでも1stに押し上げられる。大学オケでは随分と主張してみたけれど、それでも4年になればどうしてもソロを分担しないわけにはいかなくて。
4年の前期で申し渡された、最初がオーボエソロで始まる有名な交響楽。いい仲間に恵まれて、リードも吹き方も変えるべく努力して、それまでの数倍は練習したけれど。
結果は演奏が始まった途端に頭が真っ白になって、気がついたら無残に失敗してた。指揮者の先生の、その瞬間に歪んだ顔が、今でもぼんやりと思い出せる。

今日のお嬢のコンサートでも、オーボエのソロがあったんだよ。音はお世辞にもいいとは言えなかったけど、数小節の旋律を無難にこなして、思わず拍手を送ったよ。
過ぎたことに、”だって”も”もしも”もないけれど。でももし今演奏できるなら、技術的にはあの頃には敵わなくても、きっと人前でも楽しく吹けるんだろう。
音楽を聴くのも演奏するのも好きだったのに。ただ、誰かの前で吹かなければいけないという、それだけのことで、その気持ちはどこかに消えてしまったあの頃を、仕方がないとため息で流そうとはするけれど。
もっと、もっと、もっと。示せたはずの自分の力が、きっとあったはずだった。

会社に入って、プレゼンテーションの機会が多くなって。一度、論文で社内の賞をもらった時、本社のホールでその内容をプレゼンしなければならなくなり、上がり症を自認する私には、あの時の失敗が苦く思い出されて、当日まで憂鬱な気分で過ごしていた。
が、順番がきて演壇に立った時、見渡したホールがあまりに狭くて驚いた。数百人入るはずのホールなのに、どうしてこんなに狭いのか。
それは私が無意識に想像していたのが、オケで立ったホールだったからに他ならず。赤坂のサントリーホールの、あの無限にも思えるような広がりと、顔も見えない暗い客席と。そんなものと比べたら、会社のホールで話すことなど、どれだけのものだろう。

楽しいことよりつらいことの方が多かったオケだったが、こんな置き土産を残してくれていたらしい。笑いまで自然に浮かんできて、プレゼンは無事に終了した。客席で、応援の為に手や旗を振ってくれていた職場の仲間の顔がくっきりと見えて、その一人一人に向かって話しかけられた、そんな自分が嬉しかった。


お嬢も、こういう点においては私に似たところがあるけれど。少なくとも周囲の環境が、そういう方向に彼女を流さないでくれているらしい。
音楽と楽しく付き合っていってくれれば、それでいい。それがいい。
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by senrufan | 2007-01-17 12:11 | Trackback | Comments(2)
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Commented by まきりん at 2007-01-20 16:05 x
管楽器の奏者だったとは!知らなかった~

「むしろ別のメロディーを添えて音楽を作れる、2ndが一番好きだった。1stの音を聞きながら、それに溶け込むように合わせるのが好きだった」という下り、Miyukiさんらしくていいなあ。皆が皆ソロを演奏したい人だったら世の中殺伐としちゃうよね。といっても、実は自分がソロ好きなんだけどね。

そっか、だからMiyukiさんとはハーモニーを奏でられるんだね。マッチングの妙。
Commented by Miyuki at 2007-01-21 10:02 x
*まきりんさ~ん
もう遥か昔のこととなりましたが、やっておりましたですよ~。
私らしいですか、てへ、なんかとても嬉しいです。ただの臆病者に過ぎないのに、まきりんさんの言葉のおかげで、これでもいいかなあと思えてしまう。ありがたいです、本当に(愛)


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