無限の空と有限の色

友人宅に立ち寄らせてもらったら、にっこり笑って渡された袋。
「ハウス食品 こくまろカレー/中辛(10皿分)」が、10箱セットで入っていた。

笑い転げながら聞いたところでは、なんでも日系スーパーの抽選で当たったんだって。
「カレー1箱」という商品、箱は箱でもダンボール。中には60個のカレールー。
1年分と考えても、1ヶ月に5箱、いや10皿分だから10回、カレーを食さなければいかんのだな。しかもカレーは2日・3日と続くしな。
考えただけで体中が黄色くなりそうだ。100m先からカレーの匂いが漂う身体になるかもなー。

賞味期限は十分だし、こんなお役立ち食品は大助かり。ありがとうですー!>私信
早速今週カレーだな。米国産の牛肉でな。(…)
こーゆう良いものは皆で分かち合いたい。近隣で欲しい方は連絡下さい。その際に、カレーを季語とした句を一首添えることが条件です。(嘘だってば)

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【読書】
b0059565_13155695.jpg養老孟司著「無思想の発見」を読む。日本人につきまとう無宗教・無思想・無哲学という表現について、氏がその実態を考察する。

”思想””宗教”という言葉に数歩引く。お宮参りから始まって、あらゆる儀式でその宗派にこだわらない。他国で宗教の話は細心の注意を払わねばならないところ、「無宗教です」を公言してはばからない。日本人の宗教・思想を考えるに、このようなイメージが浮かぶかもしれない。
これが諸外国には不思議らしい。中国・韓国は靖国神社参拝に憤る。だがこれは他国の物差しで計っては、決して理解しえないのだ。

こちらに来てまだ年月が浅い頃、「全くアメリカってとこは」と幾度も思った。しかしそれは違うといつか気づいた。日本という国が際立って特殊なのだ。日本を欧米の物差しで計るなと言うなら、特殊な国を普通だとして、他の国を判断することを良しとはできないだろう。
国外にいると、つくづく自国の特殊性を感じる。逆もまた真なりか、日本に来た他国人も、日本は特殊だと感じるらしい。
私達は国外にいると、「自分は日本人だ」と自覚する。日本に来た他国人は、「自分は日本人じゃない」と感じさせられると聞いたことがある。それを喜ぶべきかどうかはわからない。



養老先生によれば、日本人の公私の「私」の単位は「家」であり、「世間」である。日本人は思想も宗教もないと良く言うが、思想も宗教もない社会などないのだ。この「思想などない」というのが日本の思想であり、「世間」という現実と補完的に成り立っている、というのが先生の主張。
この「思想がないという思想」を、先生は数学の世界におけるゼロの存在に等しいと説明されており、これは非常に分かり易い。とりあえずそこに思想はない、しかし同時に「思想の中の一つの思想」として、他の思想と同様に確かに存在するものであるからだ。

国外に出て、日本の「水に流す」という考え方が、実は日本であるからこそ生まれたものだということを知った。日本はその国土面積と比例せず、世界有数の災害体験国家である。自然災害を誰のせいにもできるわけがなく、結果「仕方がない」「なるようになる」「済んだことは水に流そう」という考え方が生まれ広まる。
だから人は死んでしまえば仏であって、例え戦犯でも死んだ後は関係がない。かたや他国では死んだ後も魂は不滅という信仰があるところが多いので、日本のこの考え方が理解されない限り、靖国参拝論議が良い終わりを見ることはないのだろう。
しかし私は、受動的と非難されるかもしれぬ、この「水に流す」「なるようになる」思想を日本人が持つことを嬉しく思う。ハリケーン・カトリーナの時の報道を見ては、日本との受け入れ方の差を感じつつ、阪神大震災の時の報道と比較した。
真空と言われても、「何を考えてるかわからない」と眉を顰められても、だからこそ人に共感する余地があると言いたい。外部のものを受け入れる空間があることが、日本をここまで進められた理由の一つであると考える。
それが「思想がないという思想」の、ゼロに匹敵する存在力であると思うのだ。

解剖学者であられた先生は、脳の仕組みからも幾度も説明を繰り返し、それがまた非常に興味深い。
先生の意見では、日本のこの「無思想という思想」は、実は仏教からではないかという。般若心経の全266文字の中、21文字が「無」という字らしい。「空」の中には感覚も概念も意識も「無い」。ここにもまたゼロの哲学が厳然と存在する。
色即是空、諸行無常。インド伝来の仏教を同様に持ちながら、なぜか相互理解に苦しむ国。西洋的自我と日本で呼ぶものが普遍であり、信仰が基盤の一部である国。有思想の国々と無思想の国が通じ合う為に、何ができるかを考える。
しかし実際にできることは。きっと目の前にいるその人に、国籍も思想も宗教もひっくるめて、その人自身と向き合うことだけだ。

* * * * *

【時事】
米国産牛肉、いよいよ日本再上陸。
農林水産省、厚生労働省の検査をそれぞれ通過、今週中にでも各店頭に並ぶ見通し。


日本がんばったなあ、というのが素直な感想。まだ決着したわけではないけれど。
溝を深める為ではなく、各国の遣り方というのものがあるんだと、少しでも米国に伝わったのなら良いのだけど。個人対個人でも、人には人の考えがあるというのが伝わりにくい場所なので。実際こちらの報道でも、日本だけを一方的に非難する声は多々聞いたし。

以前は日本に行くと、カレールーやビーフシチュー、牛佃煮などを買ってくる人が多かったけれど、BSEが発生してから、この辺は見つかったら取り上げられるようになり。米国からの日本土産、ビーフジャーキーが定番だったが、これもだめになったし。
あれ、確か郵便小包で送るのも、箱開けられて取り上げられるんだっけ。

しばらく前にこちらから日本へギフトを送ろうとして、日本向けのカタログを見たら、商品の牛肉が全て日本産とオーストラリア産になっていた
米国からわざわざ日本産牛肉を日本へのギフトにした人って、一体何人いたんだろう。
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by senrufan | 2006-08-07 13:13 | Trackback | Comments(2)
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Commented by eucaly at 2006-08-09 16:17 x
目をそらし、見えない場所へと追いやって、今日はインドへ明日はタイへ
・・・お粗末って私が言ってどうする・・・
ご協力ありがとうございました。ほぼ拷問に近かったです。
Commented by Miyuki at 2006-08-10 09:31 x
*eucalyさん
強運のお裾分けにあずかり、こちらこそ嬉しゅうございます。しかし1種類のみ60箱……ナキワライの極地だったことと。(そっと涙をふく)
見事な一句のお礼に、今度我が家でカレーパーティどですか!(嫌がらせにしかならん)


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