咀嚼と浄化

【個人的事情】
お嬢の宿題が大量で、でもスイミングは行きたくて、悩みながら家を出て、悩みながら高速のカープールレーンを走っていた。

前の車が次々とスピードを落としたので、こちらも続いて落とす。何かと思えば、隣車線で事故車が並んで止まっているのが目に入る。横を気をつけて通り過ぎている時に、後ろから急激に近づいてきたクラクション。ドン!と音が聞こえそうな衝撃を受け、追突されたことがわかった。

バックミラーで見たら、大きなボックスタイプの車。若いお兄ちゃんが乗っている。車線をブロックするのも悪いと思い、すぐ窓を開けて左側に寄るように合図して、路肩に一旦止めた。
停車した途端、後ろに続くかと期待した車が、急に右側車線に移り、即座にスピードを上げたのが見えた。

逃げるつもりだ。そう理解した瞬間、血液が沸騰するぐらいの怒りがこみ上げた。

させてたまるかとばかりに、こちらも急いで車線に戻って後を追う。こっちに気づいたのか、その車は更に右車線に無理矢理割り込み、クラクションを浴びる。更にその右へと、またクラクションを浴びながら移動し、すぐ目の前にあった出口からハイスピードで逃走していった。
ラッシュの波にはばまれてそれ以上追えなかった私は、罵声と共にハンドルを殴りつけるしか術がなく。逆走して元の地点に戻ることもできないので、そのまま流れに乗って、次の出口で一旦高速から降りた。

路肩に止めて車の後ろを見たところ、ほとんど無傷の状態で、これは手放しで喜んだ。しかしお嬢も私も、延髄の辺りに嫌な痺れを感じていて。
保険を使うには警察のレポートなりが必要になる、呼ぶべきか、でも該当地点からは離れてしまっているし、証人もいない、幸か不幸か車に傷がないから証拠もない、ナンバープレートも情けないことにわからない……
しばし迷った末に、その場所から比較的近かった主治医に電話。事情を説明し、診察が受けられるかどうか尋ねた。受付の人が無理矢理ねじこんでくれたので、そのまま医者に向かった。

先生に診てもらい、首に異常がなく、ただ痺れがあるだけなので、おそらく問題はないだろうと言われる。請求は自分の医療保険にしてもらうことをお願いしたが、内容が内容なので、請求がどこまで通るかは祈るのみ。

結局帰宅はそれなりの時間になってしまって、ただでさえ大変な予定だったお嬢は更に必死になって宿題をするはめになり、寝た時間は夜の1時半過ぎ。一番割を食ったのは、間違いなくかわいそうな彼女だった。



* * * * *

一応と思って旦那に連絡したら、なんと早々と帰ってきてくれた。いつもとあまりにも違う対応ぶりに、思わずこの日記を読まれたのかと思った。はい、バレると悪口が書けなくなるので、ここはあくまで隠れ日記なんです。

夕食を食べながら、事故のことをつらつらと話す。
本来はやはりあそこで止まって、あの車をブロックするべきだった。
お嬢に振り返ってもらって、ナンバーを少しでも覚えてもらえば良かった。
その場で警察に電話して、相手がいてもいなくてもレポートをもらうべきだった。
「すればよかった」ことは、いつでも後で悔やむことばかりだからこその過去形だ。

「僕はこの国では、性善説は信じないことにしてる」と旦那が言う。
アメリカに赴任して全くの新規ビジネスを立ち上げ、内外共に評価を得られるまでの実績をあげた彼は、その間の苦労や他人の悪口をほとんど愚痴ったことがない。そんな彼が言うこの手の言葉には、それだけの背景を抱えている分、重みをもって私の胸に沁み込む。

自分が起こしたものや友人が遭ったものを合わせると、事故の経験は決して少なくはない。なのに今まで、「ちゃんとやるべきことはやった」と言い切れるケースが一つもない。どれもこれも自分の至りなさに歯噛みする結果になり、後味の悪い思い出にしかなっていない。
そういう結果にさせている一番の原因は、”謝罪”というファクターにある。自分が起こした時、心ゆくまで謝ることができなかった。相手に起こされた時、謝りの言葉がなかった。自分の過ちを認めることへの価値観が違うこの国で、どうしてもその点が相容れることができない。

自分が起こした事故の時、動転してきちんとその場で謝ることができず、後々まで心の棘となった。事故の時に先に謝ると、自分の非を認めたいうことで、後で何をされるかわからない。そんな"常識”だけが臆病な心の中で先行した。その事が何よりも苦しかった。
そんな苦さを少しでも拭い去りたい一心で、全ての処理が終わった後、せめてもと相手にカードとギフトを送らせてもらった。相手の為ではなく、100%自分の為だった。

逃げた彼は、そんな罪悪感に悩むことはないのだろうか。スピードを落とした私が悪いと、私のせいにして完結しているのだろうか。
逃げられたらどんなに楽かと思うけれど、その後で安らかでいられない自分を知っている。一度逃げたら、臆病な自分がそれを当たり前にしてしまう一歩になりそうで、それが責任に直面することと同様に怖い。
正義は勝つと素直に信じる年齢はとっくに過ぎてしまったけれど、それを信じ続けたい自分がどこかに残っている。
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by senrufan | 2006-02-15 12:23 | Trackback | Comments(8)
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Commented by mikamika at 2006-02-17 13:09 x
とりあえず、二人とも無事で良かった、良かった。
車も無傷で良かった、良かった。
逃げた彼には、めぐりめぐってツケが回っていくものだと、私は信じております。
Commented at 2006-02-17 23:49 x
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Commented by senrufan at 2006-02-18 02:20
*みかしゃん
ありがと~~(うるうる) そう、車も自分達もほとんど被害がなかったから、まだ許せるよ。ほんと、いつかどっかでバチが当たれば良いなー(鬼)
Commented by senrufan at 2006-02-18 02:24
*非公開コメントしゃん
わあん、力強いコメントが嬉しいよー!結局はその時々で当たる人によるとわかってるんだけどね、でもどうにもこうにもなあ。
うんうん、めげずにがんばる!メールくれ~、NINのことで発散したーい!
Commented at 2006-02-21 04:50
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Commented by senrufan at 2006-02-21 11:45
*GBちゃん
なーにを言ってるんだい、君の事故の時の経験のおかげで、保険をどうするかが咄嗟に考えられたんだよ。心の中で感謝してたんだよ~。
で、なんじゃーっ、まだ終わってないんかい!!(激怒)
Commented at 2006-02-23 15:13
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Commented by senrufan at 2006-02-23 16:59
*非公開コメントしゃん
うう、そういう言葉がなんて暖かく響くことか…!ありがとうね~~(感涙) レポートねえ、迷ったんだけど、証拠も情報もないから今更無理かなあと。ほんと、せめてナンバーを見ておけば、と地団駄踏んだ事件でした、ぐすん。


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