自己たらしめるものとは

お嬢がバスルームのライト兼換気扇のスイッチをつけっぱなしにしていたので注意したら、大真面目に返された。
トイレの臭味をとる為なんだよ」
トイレとは生鮮食品だったらしい。

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【読書】
b0059565_15271456.jpg藤原正彦著「国家の品格」を読む。大学での講演記録に大幅に加筆したもの、となっている。
氏の長年のファンである私は、今回の日本行きで本屋に行った時、迷わずこの最新刊も手に取った。紀伊国屋で、その週の売り上げNO.1のコーナーに山積みされていた。

氏の今までの著作に比べて、かなり短時間で読み終えた。それは講演ということで随分と分かり易い語り言葉で綴られていたことに加えて、内容が今まで氏が何度も述べられていた持論だからである。
が、初めてこの本で氏の著作を読む人がいるとしたら、やや心配にならないでもない。明解ながらも極端な例が多く、一種の思想書かと思われかねない。今までの著作を順に追って読んでいれば、ここまで辿り着いた流れと背景がよく理解できるであろうし、氏の端正な文章を熟知していれば、これはあくまで講演なので、このような語り口と例を採用しているのだろうと解釈できるのだが。
ただご自分でも自覚されているように、侍数学者と呼ばれる猪突猛進型の方なので、私の考える枠を大きく踏み出しておられるのかもしれない。

主旨は非常に明解だ。欧米のような論理主義ではなく、世界に誇る日本古来よりの情緒と形、そして卑怯を憎み、惻隠の情を重んじる武士道精神を取り戻すこと。その為には何よりも幼少からの国語教育が大事であること。
”情緒と形”については、処女作である「若き数学者のアメリカ」から唱えられ、”卑怯を憎む心”はその後に続くエッセイで度々述べられ、”武士道”は「父の威厳 数学者の意地」でページを割いている。それが”国語の大切さ”としてまとめられたのが「古風堂々数学者」、教育論の形をとったのが続く「祖国とは国語」になるだろうか。
今回の本は、その論旨を国家という視点から説き直してあり、骨子は変わってはいないと思う。ただ置かれた重点が異なることで、かなり違った様相を呈している。

年長者には礼を尽くす。花や虫の音に季節を思う。謙遜と弱者へのいたわりを美とする。人生は有限であるという無常観が故に、儚い命を愛しむ。”もののあわれ”に対する感性の鋭さこそ、日本人が持つ世界へ誇るべきものだと説く。
様々な命を限りあるものとして大切にする心は、人へのいたわりと共感をも持ちうる。自然への畏怖心は、人力への驕りを失くす。それはすなわち平和を愛し、他人を尊重し、慢心からの卑怯な行為を憎むことに繋がっていくものだ。

国家というレベルで語られる氏の今回の提言、常より些か距離を置いて、藤原節を楽しみながら拝読した。



* * * * *

藤原氏の一作目から四作目にいたるまでは、日本にいる頃に読んだ。はっきりとした端正な文章、所々に見られるユーモアが好きで、アメリカに来てからも氏の著作は必ず手に入れて読んだ。最初は若々しく気負い溢れる文だったのが、段々と余計な感情を削ぎ落とし、良い意味で枯れた形になっていかれたのがまた好きだった。
しかし何よりもまず文体のファンだった私が、内容により強く共感するようになったのは、日本を離れてから読んだ「父の威厳…」からであると思う。

アメリカという国に来て、頻繁に体験する文化の差を前向きに受けとめ、この国の共通語である英語をなんとか使おうと努力した。娘にも就学年齢前は現地校のみに通わせ、日本語教育は読み聞かせだけは欠かさなかったが、特に考えることはなかった。数年予定だった滞在期間中、出来るだけ”アメリカ”を吸収するべきだと思っていた。
それが元々の予定を超えて滞在するうち、いつしか日本文化へのより深い愛情と尊敬へと重きが移っていった。

様々な移民で成り立つ国である為、最早何国人という分け方はせず、親しくなる人は価値観が近しいと思う人である。当然娘にも、自分が正とする価値観から物事を説く。
それは例えば謙虚であること。人の気持ちを思いやること。自然や物を命あるものとして大切にすること。これらは違う国でも美徳とされるかもしれないが、それを説く時の私の脳裏にあるものは、あくまで日本の自然の景観だ。
「雪国」の冒頭の一文だけで浮かぶ風景。ただ17文字の俳句で理解できる情景。「浜千鳥」の歌を聞くたび涙するのは、その景色があまりに深いところに根付いているが故だ。

藤原氏の「国語こそ基本」とする持論により強く惹かれるようになったのは、自分の基盤が日本にあることを意識し始めた頃からだと思う。
それは価値観があまりに相容れない人達に囲まれていることに疲れ始めた頃でもあり、自分が良しとすることが現地校の子供達と相対することになって、度々ジレンマに陥る娘を見るのがつらかった頃でもあった。また同時に、英語が達者でも日本についてあまり知識がない日本人より、英語がたどたどしくとも日本人としての教養がある人の方がより尊敬されるのを、目の前で見るようになったからかもしれない。
”アメリカかぶれ”から始まり、イギリスでの経験を経て、日本文化に辿り着いた氏の変遷は、共感する以上に大きな励ましであった。

アメリカという国で、2つ以上の国籍を持つ子供達が沢山いる。両親からの教えと、外部で学びとる価値観とで、彼らは自分自身を形作っていく。
10年後、20年後、それぞれの年齢でそれぞれの葛藤を経て、彼らの辿り着く先が平安であることを強く願わずにはいられない。
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by senrufan | 2006-01-09 15:26 | Trackback | Comments(0)
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