同じ高さで交わす視線

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【読書】
向山昌子著「アジアごはん紀行」を読む。
著者の友人である友達が、ご本人からいただいた本ということで、借りて読ませてもらう私の手も、いつもより慎重にページをめくる。

以前は外食といえばイタリアンが一番好きだった私が、ある日急な外食拒否症になってから(過去日記)しばらく控えていたけれど、その後少しずつ通い始めたのは、アジア圏のレストラン。ベトナム、韓国、マレーシア、シンガポール。
味覚音痴だし、食に対する知識もないし、どこのレストランに行っても何が名物料理か全然わからないのだけど(失礼千万)、体がすんなりその味を受け入れている気がするのだ。
辛すぎるものや香菜はまだ馴染めない未熟者なれど、言葉にするより早く、共通する基盤を体がしみじみ感じるのだ。

著者の向山さんは、フリーのコピーライターとして活躍されていた合間をぬって、アジアに旅行に行かれるようになり、更にはこのような本をまとめられるほど、長きに渡って滞在されるようになる。
アジア・アフリカ圏の13ヶ国、観光客向けの高級ホテルではなく、ご自分の足で歩み寄られた屋台や市井の人々の食事について、味わいのあるイラストと共に語られている。
身土不二。四方四里で採れたものを食べるのが健康の秘訣。その土地で長く生きている料理や食材には、それだけの理由がある。その食事を通して見える国と人がいる。
向山さんが使われている”ごはん”という一言に、それだけのものを取ることができる。

今まで、Japanese foodが大好きと言ってくれる人に沢山会った。「毎日sushiを食べてるなんていいわー」と羨ましがられたりした。(食べてません)
外の国でそれだけ受け入れられるようになった自国料理を嬉しく思う。それぞれの国に合わせてアレンジされるのは古来日本の得意技であるし、そうやってその国特有の形に変わって長く続いていくのであれば、それを喜ばしいと思う。
でも今までで一番心が温かくなったのは、「僕はmiso soupが何より好きだ」と言ってくれたおじいさんの言葉。
寿司も天ぷらも名物料理だけど、それは私達にとってはハレの日の食事であって、決して毎日の食卓にのぼるものではなく。
暖かい御飯、味噌汁、漬物。そんな日常極まりない部分を好きになってもらえたら、それだけで国境が消えたような気までする私は大変シンプルこの上ない(=単純馬鹿)。

この本は食事をメインとして綴られているけれど、その背景には何倍もの向山さんの体験があり、苦労があり、彼女と触れ合った現地の人達がいるはず。
しかし文章はあくまで淡々とした語り口のまま、手書きのイラストと文で、ゆるやかに暖かく現地の食事を描き出す。
「こんにちは」「ありがとう」「いくら?」「おいしい」
4つの言葉でアジア・アフリカ諸国を歩いていかれる向山さんの、飾らない、気取らない、等身大でその国の人々向き合う姿勢は、学んで余りあると同時に、心の芯を温かくせずにはいられない。



* * * * *

【家庭内事情】
「これは伝説の魔拳、洗髪香膏指圧拳にまちがいない!」
シャンプーをかけ、しゃかしゃかと髪を洗い、ザッと洗い流し、ブオーッとドライヤーをかけて整える。この間なんと、わずか56秒!
      (高橋留美子著「らんま1/2」4巻より)
……というのが、最近お嬢の目指すバスタイム。
スイミングから帰るやいなやバスルームに飛び込み、「シャンプー56秒!」と唱えながら大急ぎで入浴する。
週4日のスイミング、現地校のプロジェクトを3つ抱えて、なかなか自由な時間がない。
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by senrufan | 2005-11-03 13:36 | Trackback | Comments(0)
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