その愛情は命懸け

「疲れ果て、貧しさにあえぎ、自由の息吹を求める群衆を、私に与えたまえ。
 人生の高波に揉まれ、拒まれ続ける哀れな人々を。
 戻る祖国なく、動乱に弄ばれた人々を、私のもとに送りたまえ。
 私は希望の灯を掲げて照らそう、自由の国はここなのだと」
  ~「新しい巨像 (The New Colossus)」(自由の女神像の台座に刻まれた14行詩より)
   ----- エマ・ラザラス
       (アメリカ人、詩人、1849年7月22生まれ)




上の動画とは全然関係のない話題。(ええええ)
先日お友達から借りた本を読み始めたのですけど。
これがすんごく面白くて、とても斜め読みできず、少しずつ読み進めているんですよ。

なので、まだ1/5ぐらいしか読んでないのですが、そこまでに書かれていることが、
人間の五感は、無意識に期待したもの・予期しうるものを感じ取るようになっていて、
想定外の事象は見逃したり聞き逃したりしがちで、それが記憶の改ざん(そんなことはなかった、等々)にも繋がり得る、ということを、
実験を通じて明らかにしていく、という内容なんですね。

じゃあ、そうならないように、常に四方八方、予期せぬことが起こりうると想定して気を配っていればいいかというと、そうではなく。
そうすることで、優先すべき事柄に集中しなくなるので、効率が悪くなってしまうんですね。

リーダー的な地位にある人や、何かを成し遂げようとする人などは、更に枝葉を切り捨てていかないと進めなくなるので、
どれが優先事項か、何が本質か、というのを見極める能力が重要になると思いますが。
そういう立場にあってもなくても、自分は自分の見たいもの・聞きたいものだけを選びがちなんだ、ということに、常に自覚的でないといかんのでありますなあ。
という、百万回見たよ聞いたよそのわりにできてねーよ、ということを改めて思った、ということは置いといて。(いいのかよ)

信奉するイデオロギーや宗教への信奉って、この危険を常にはらんでいるもので。
自分が良いと思ったら、無意識にその意見をサポートしてくれる記事や人を選んでいるんだよ、ということを、どれだけ自分に言い聞かせていられるか。
しかし、例えば宣教師となったら、その教えをどれだけ信じていられるか、というのも大切な要素になってくるのでしょうからして。
その教えに辿り着くまでの道筋や導き手の質、自問自答の量や密度などによって、
説得力と影響力は大きく変わってくるのだろうなー、なんて当たり前のことを考えたでありますよ。

続きを読むのが楽しみであります。

* * * * *

【舞台】

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ミュージカル「The Book of Mormon」を観に行って来ました。
ずっとずっと、何年も前から観たかった舞台、San Joseに来てくれた今回、ようやく観劇が叶ったです。(うっうっ)

2011年にスタートし、その年のトニー賞をほぼ総なめにしたミュージカル。
数年前にサンフランシスコに来てくれたのですが、チケットは即日完売で、あとは当日抽選のみ、という白熱ぶりで、到底手を出せず。
まあ、もしチケットを買えたとしても、お嬢がいなかったら、一人で行ったかどうかはギモンだったんですけどね。
って、ゆってることが矛盾してんじゃん。

理由は単純で、なんせ題材が題材なので、理解できるほどキリスト教の知識がある自信がない、コメディなので英語が理解できず笑えない可能性大、がひっかかってまして、ですね。
お嬢が一緒だったら、色々と解説してもらえるだろうから、いつか一緒に観られるといいなあ、と思っていたところ、なんともタイムリーに、彼女の滞在中に来てくれましたので。
大喜びでお出かけしたのでありました。




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さて、ストーリーは。
ユタはソルトレークシティにある、モルモン教の宣教師トレーニングセンターをいよいよ卒業し、赴任先を決められる日。
優等生のPriceは、密かにフロリダのオーランドを夢見ていましたが、言い渡されたのはアフリカのウガンダで、しかもペアを組むのは、劣等生のCunningham。
大いに不安を抱えながら到着したウガンダ、初っ端からギャングに荷物を取られるわ、住民はすでにエイズや貧困、そしてギャングに苦しんでいて、とっくに神という存在を見捨てているわで、前途多難なんてもんじゃありません。
先に赴任していた宣教師仲間も、全員散々な目にあった末の諦めの境地。

それでも布教活動を始めてみるものの、理想にこだわるプライスは全然上手くいかないのに対して、いい加減なカミングハムの方が少しずつ住民の心を掴み始め。
村を牛耳るギャングのボスに、目の前で住民を殺されるにあたって、とうとう逃げ出そうと……
果たして彼はどうなるのか? そして残されたカニングハムや村は?

なんて感じでいいんじゃないのかな。(鼻歌)

いつも下調べなしのまっさら状態で臨むのですけど、さすがに今回は、少しは知識がないとやばいな、ということで、2人揃って開演前にやっつけ勉強。
お嬢はWikiでモルモン教の、私は劇のあらすじをざっと読んでから、開幕を迎えたのですが。
最初がモルモン教の始まりのシーンで、早速お嬢が読んだことが役立ったです。
モルモン教って、そんな始まりだったのねええぇぇ(すでに爆笑)


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開幕からずっと、そらあもう10秒と間を置かずと言ってもいいぐらいに、場内はずっと笑いの渦の中。
もうね、ほんとにモルモン教をおちょくりっぱなし・下品ネタ満載で、たまに、これってほんとに笑っていいの?と我に帰ったり。
開演した時、モルモン教徒の方々からの反応は、一体どんなもんだったんだろうなー。
原作者のお二人は、色々とモルモンのインタビューや調査をした末、だったそうですが。

しっかし、茶化していたから余計に、とは言ってもなあ……
キリストが磔になった後、復活するまでの3日間、なんでわざわざアメリカに姿を現して、教えを授けたりするんですか……
しかも、その教えが書かれたのが黄金の板だとか、開祖のジョセフ・スミスが、外国語のそれをすらすら読めたとか。
でも、その板は行方不明になって見つからないとか、ううむ、この劇でなくともツッコみたいアレコレがてんこ盛り。

とりあえずキリストの教えなので、ベースは当たり前ですがキリスト教で、モルモン教とは、その一派。
黄金の板(劇では改ヒエログリフと言ってたらしいですけど、ヘブライ語という説も)から必死に書き写した教え(なんで英語)が、The Book of Mormon。
宣教師の皆さんは、これを持って布教されるということですが、あの中にカフェインはやめておいた方が、とか、一夫多妻推奨とかが書いてあるのかなあ。

マジで一度、布教はナシで、解説だけしてもらえないものか。(ちょっと危険)
ちなみにうちの旦那は、ユタに出張に行った時、教会ツアーに参加させられたそうですよ。


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で、肝心の劇ですが、もーーー、むっちゃくちゃ面白かったです。
もちろん、場内の皆さんの半分も笑えなかったワタクシですが(ふっ…)、それでもわかった箇所は爆笑だし、歌も振りも見ているだけで笑えるコミカルさ。

役者さん達も、すごく達者でしたよー。
プライス役のGabe Gubbsもとっても良かったですが、カニングハム役のConner Peirsonが、小太り(失礼)の体型での踊りが最高にキュートで、ほんとにもう。(思い出し爆笑)
歌もすんごく上手くて、とっても頭に残って、いまだに幾つものメロディが鼻歌で歌えるぐらいです。

ヒロイン的なNubulungiちゃん、まだ大学生のMyha'la Herooldが演じたのですが、演技こそ青さと固さが見えたものの、歌は素晴らしかったです。
彼女の名前が上手く言えなくて、カニングハムがそのたびに似て非なる名前で呼ぶんですけど、そのうちの一つが「Nissan Altima」だったのは聞き取れた。(大笑)
McKinley役のPJ Adzimaの「貼り付けたような笑顔」の演技、絶品です。
村の人達の、とぼけた素朴な、そして大らかな演技も、一人ひとりが絶妙のウマさでございましたよ。


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でもね、よくよく聞くと、ほんとはかなりシリアスなこともいっぱい言ってるんですよ。
思いっきりシリアスな悲劇として描くこともできるだけのエピソードばかりなんですよね、実は。

そうでなくとも登場人物の一人ひとり、特に宣教師達が、みんな心の闇を抱えてて。
それでも布教を使命として果たす為に、「心のスイッチを切る」術を身につけてしまってるのでございます。
その闇を思い出しそうになった時、「Turn it off!」と自分に、周りに言い聞かせて、たちまち笑顔の仮面をかぶるんですね。

プライスがギャングに布教しようとして、彼らにされたことだって、下ネタにして笑わせてますが、ねー。
実際、それこそキリストの昔から、こういう目に遭ってきた宣教師は、相当な数にのぼると思うんですよ。
私は生まれ変わっても、宣教師にはなれまへん。

自分が、宗教なりイデオロギーなりにはまるのを恐れる理由。
知らなかったということを知らなかった、と知った時の、あの思い。
自分が、見たいものを見ていただけ・信じたいものを信じていただけ、とわかった時の、あの苦さ。
そういうことを恐れているのが第一で。
何かを芯に持たずに生きてはいけませんけれど、それは自分だけがわかっていれば良い話。
それを人様に伝えて導こうとか、そんな気力もなければ、必要も感じないですからねえ……

ですが、それを信じて、その目的に集中して突き進めるのが、優秀な宣教師。
その熱意と空回りっぷりを盛大に茶化しているのが、このミュージカル。
結果としてハッピーエンドで、村は平和になり、皆も笑顔になり。
だったら、それでいいじゃないか。

んー、しかしその結末も、ひねくれた目で見ると、結局は村の人達の大らかさに救われた、と言えるのでは。
正攻法では失敗だったところ、彼らが本質に賛成してくれたからこそ、プライスが目指していたsomething incredibleが起こったわけで。
村が平和になったのは、村人達の元々持っていた力のおかげでしょ、なんて。
その辺りももしかしたら、皮肉を込めて描いていた、のかもしれません。
が、きっかけは確かにモルモン教だったわけですから、宗教の、イデオロギーの力というのは、こういうことでもあるんだなあ、と思ったり。


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まあまあ、そんなシチメンドクサイことはどーでもいい。
とにもかくにも、オオウケの連続の舞台でありました。
最後は当然、会場中がスタンディングオベーション。
最後の一滴まで、笑いに満ちたミュージカル、本当に観に行けて良かったです。
お嬢、解説色々ありがとねえ。

時間を見つけて、Youtubeを漁って、もう一度、あれやこれやを鑑賞したい所存。
まずはトレーラーから、でありますな。


"Book of Mormon" Trailer




The Book of Mormon on Broadway (オフィシャルサイト)



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by senrufan | 2017-07-22 13:23 | Trackback | Comments(0)
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