求める光の在り場所は (8)

「いいえ昨日はありません。今日を打つのは今日の時計。
昨日の時計はありません。今日を打つのは今日の時計」
   ----- 三好達治
       (日本人、詩人、1900年8月23日生まれ)


食べながら永遠に増やし続ける事が出来る10つの野菜&ハーブ

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Green onionの束を買って、細かく刻んで冷凍しておくのですけど、
その時に余った根を水につけておくと、元気に伸びてくれますよね。
緑どころか、全指真っ黒くろすけな私の指ですが、素材の良さのおかげか、こういうのは結構元気に育ってくれて、嬉しいです。

私がやってるのは、↑の記事の中では、にんにくとにんじんぐらいだったのですが、
いやいや、これはもっともっといけそうでありますな。
まずは先日のマーケットで買ってきたロメインレタスから、だな。(きらーん☆)


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おまけで、ケナゲに伸びたねぎを切って作った、夏野菜の和え物など。
とうもろこし、焼いて皮をむいたベルペッパー、蒸し茄子を、ねぎ入りのタレで和えてます。
切られたねぎは、また伸びておくんなさいよ。

そういえば、じっくり焼いて皮をむいた、甘い甘いベルペッパー。
これを使って、Dr. Hoshiが素敵なオードブルを作ってくださったのを、まだぢまんして書いてなかったですな。
んじゃ、次回はそれで。

* * * * *

【旅行】

9. チェスキー・クルムロフ城

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今回の旅行で、チェコとポーランドで1日ずつ、日本の旅行会社のガイドツアーに申し込みました。
どちらも遠方に行く1日ツアーで、チェコではユネスコの世界遺産に指定された、チェスキー・クルムロフという町でございます。

プラハにお住まいのNさんという日本人ガイドさんが、車でホテルまで来てくださって、
最後はホテルに送り届けてくださるまで、とても楽しい一日をご一緒してくださいましたです。
ううう、やっぱり言葉が通じるっていいなあ~~。(心から)

案内していただいたのは、チェスキー・クルムロフ歴史地区と、その中にあるチェスキー・クルムロフ城
お城の中は、公式ツアーでしか見学できず、しかも時間が決められているので、車で到着すると、すぐに窓口で英語ツアーを申し込みしましたよ。




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(城への入り口のひとつ、赤門)

Nさんによると、どのガイドに当たるかで、全然ツアーの出来が変わるそうで。
やっぱり元社会主義らしく、やる気のある人とない人の落差が激しいのだとか。

私達が当たった男性ガイドさんは、普段はあまりしゃべらない方だそうなのに、なぜかこの時は非常に詳しく説明してくださって。
そばに一人、若い男性の方が付き添っていらっしゃったのが、多分新しいガイド候補さんで、彼にきちんと教える為に、いっぱいしゃべってくださったのではないかというのが、Nさんのご推測。
ありがとう、新人さん。


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城内ツアーは、写真撮影は一切禁止。
英語ツアーのところ、Nさんが日本語の解説を貸してくださったのと、ガイドさんが説明している際に、時折小さな声で解説を加えてくださったので、大変助かりましたです。
写真がないので、詳しい説明は省いて、案内された部屋名と、ごくごく概略のみを記録するですよ。


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(城門のところで飼われている熊。ロジェンベルクの代に取り寄せて飼い始めたのが始まりで、現在はオーストリアからの2頭とチェコの山から連れてきた1頭の計3頭が飼われている。死んだら城内の敷物になるのだそう)

案内されたのは、以下の順番で。

(1) 聖イジー(ジョージ)礼拝堂

(2) ルネッサンスホール

(3) ルネッサンスルーム 1st・2nd

(4) ルネッサンスルーム 3rd・4th

(5) 廊下

(6) Ante Camera

(7) エッゲンベルクホール

(8) バロックダイニングルーム

(9) ロココサロン


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(18世紀のコンサートホール。現存する中で最古の建物だが、当時のままに修復された為、冷暖房装置もなく、あまり実用されていない)

13世紀、南ボヘミア地方で勢力を誇ったヴィートコヴィツ家の分家である領主クルムロフによって築かれたのが、こちらのお城です。
14世紀にロジェンベルク家のものとなり、ルネッサンス様式の建物や部屋が造られましたが、財政破綻により、17世紀に神聖ローマ帝国のものになります。

神聖ローマ皇帝からエッゲンベルク家に下賜されたものの、18世紀に入ってエッゲンベルク家は断絶、シュワルツェンベルク家に権利が移ります。
その間、バロック様式、ロココ様式など、その時代ならではの建築が加わり、結果として様々な様式が混在した、独特の城が出来上がることとなりました。

その後、ドイツ系住民とチェコ系住民の対立や、大戦下のナチスドイツの支配などを経て、町はすっかり荒廃してしまいます。
1989年のビロード革命後、建造物の修復が進められるようになり、1992年に世界遺産に登録されるほどの美しい町となりました。


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城内ツアーは、なんというか、ゴシックなエピソードに溢れてたといいますか。
まだまだ寒い時期の冷え冷えとする城内で、誰の気が狂っただの、跡取りを幽閉しただのの話をうかがいましたですよ。

ロジェンベルグ家の最後の城主はピーター・ヴォン・ロジェンベルグでしたが、
子供ができず、兄からの借金も返せずで、結局神聖ローマ皇帝のルドルフ2世に城を売った後、彼を最後としてロジェンベルク家は消滅したんですね。
ルドルフ2世はここには住まず、彼の私生児であったドンユリウスに住まわせましたが、
精神異常者であった彼は、恋に落ちた町の娘を惨殺してしまい、クルムロフの牢屋に閉じ込め、そこで狂死したそうですよ。

更にロジェンベルク家といえば、所有するお城に出ると言われる、「ホワイトレディ」という幽霊のお話も。
白いドレスを着た女性の幽霊で、生前は結婚した夫に虐待され、何年も後にようやく別居できたのですが、夫が死の直前に彼女を呼び寄せ、許しを乞うた時に与えなかった為、天に召されず幽霊となってさまよっているとか。


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(当時は、漆喰を削って作る模様が大流行。城内にも街中にも、あちこちで見られる)

とまあ、こんなエピソードだけでなく、ほかにも興味深いことを色々うかがいましたですよ。
個人的に一番印象に残った話は、ルネッサンス時代の子供の肖像画の話でありまして。
当時の絵って、子供の顔が怖いものが多くないですか?
子供らしい愛らしさがなくて、なんかあざとかったり、狡猾そうだったりして。

そういう風に、子供の顔が大人びているのは、ルネッサンス時代、子供の顔をそのまま描くと、子供がそれ以上成長せず、その年で死んでしまうと信じられていた為、大人になるまで成長するように、わざと大人びた顔で描かれていたんだそうですよ。
これを聞いて、そうだったのかああぁ、とショーゲキ。
しかも当時のドレスはすんごく重くて、大人用で10~15kg、子供用でも5kg以上の重さがあり、着るのに3時間ぐらいかかったりしたそうですから、そらあ不機嫌な顔にもなりますわな。


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(第四中庭。漆喰の絵の上に漆喰を塗っていたのを剥がして当時のように修復、ただし絵は放置期間中に消えてしまって修復できず)

あとは、あの小さなベッド。
子供しか寝られないんじゃ、みたいな大きさなのは、中世時代は男性でも150cmぐらいの身長の人が多かったのと、
当時は座って寝る習慣だった為、長さはそれほど必要ではなかったのだとか。うわあ、疲れそう……
女性はルネッサンス時代の凝った髪形が崩れないように、男性は仰向けに寝ていると、棺おけの死体と同じ姿勢になるので、寝ている間に魂が抜けてしまうと信じられていたことにより、座って寝ていたんだそうですよ。


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その他、エッゲンベルクホールには、金の馬車がありましたよー。
エッゲンベルク家のヤン・アントニーが作らせたもので、バチカンにローマ法王を訪問する為に作らせたのだそうです。
くるみの木を使って、金箔を貼った豪華な馬車でした。

それ以外にも、タペストリーや棚、テーブル、食器や寄せ木細工の床に至るまで、ねぶねぶと撫で回したいぐらいの芸術品が揃っておりました。
当時ロココと中国家具を合わせるのが非常に流行ったそうで、中国製のキャビネットや花瓶も幾つか。
当時の中国家具は、大変高価なものだったそうで、財力の証でもあったんですね。


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ツアーを終えて、外に出た後、Nさんが案内してくださったのは、これぞ世界遺産!な景色です。
ヴルタヴァ川(モルダウ川)に囲まれたエリアが、チェスキー・クルムロフ歴史地区でございます。


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18世紀以降、町の荒廃を招いたのは、手工業と商業が産業の中心であった為、近代化の波に乗り切れなかったこと、とされていますが、
それが結果として、中世そのままのたたずまいを残すことになったとか。
今は、チェコで最も美しい町と言われるようになったのですから、ほんと未来ってわからないものですね。


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地図で見るとわかるのですが、チェスキー・クルムロフ歴史地区は、ヴルタヴァ川がΩの字型にカーブした内側にあり、城は川を挟んで対岸にある感じ。
面積は22.16平方キロメートルと、決して大きくはないのですが、内側に住む人々の努力により、現在の姿が維持されているんですね。
色々と不便なことも多い中で、それでもそこに住むメリット&デメリット。


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そのまま、今度は歴史地区内の探索に移りました。
漆喰を削って作る模様が大流行した時代、当然その技法の絵画も流行ったわけでして。
様々な”だまし絵”が、城内や街中で見られたのですけど、ええと、これ以外に写真はあったかな。
あったら載せます、という街中ぶらぶら歩きは、また今度。
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by senrufan | 2015-08-23 11:08 | Trackback | Comments(2)
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Commented by ポム at 2015-09-24 17:34 x
こんにちは。プラハはパリに住むドイツ人の方がヨーロッパで一番美しい街だと仰っていました。私も今度行ってみたいです。日本から行かれたのですか?

処で、自分で増やすお野菜・ハーブっていいですね!葱しかやった事ないんですけど本当に重宝してます。人参、バジル、ロメイン、チンゲン采などもできるって目からウロコでした。これらの水栽培は、発根した後はやはり土にうつすのでしょうか?人参は凄く下を掘ってあげないと食べる部分が成長しない様な気がするんですけどいかがですか?特にバジルとロメインを増やせるのには吃驚しました。面白い役に立つ記事を有難うございました。
Commented by Miyuki at 2015-09-25 12:37 x
*ポムさん
こんにちはー!
プラハ、確かに美しくて楽しい町でしたよ~。なんというか、本当に観光地として自覚して、それに特化してるって感じで。私たちは米国から行きましたです。

おお、ポムさんも葱でやられているんですね! いいですよねー、これ♪
この後、地植えに変えてもいいと聞いてるんですが、まだやったことがないんですよ。とにかく植物を枯らすのが上手すぎるので(……)、実行する勇気が。ニンジンは確かに深さがいりそうですね~。水栽培では葉っぱだけ食べてますが。
ちなみにロメイン、一度試したんですが、水の中でどろどろに溶けていきました……ポムさんにこの雪辱をお願いしたいですーー


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