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求める光の在り場所は (7)

「時間の使い方の最も下手なものが、まずその短さについて苦情をいう」
   ----- ジャン・ド・ラ・ブリュイエール
       (フランス人、作家、1645年8月16日生まれ)


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夏こそ食べたい野菜のひとつ、モロヘイヤ
周囲のグローサリーではまだ見かけたことがなく、日系スーパーのニ○ヤさんで、たまにオーガニックのモロヘイヤを見つけた時だけ、いそいそと買っていたのですよ。
といっても、日系スーパーにはたまにしか行かないので、出会えるのもごくたまに。
そうやって、一夏の逢瀬が終わるのね……

ですが博識Yokoさんが、なんと、中華系ファーマーズマーケットにありますよ、とおっしゃるではありませんか。
オーガニックなお店じゃないので、いつも素通りしてました。(告白)

はたして屋台を覗いてみましたら、ありましたよ。
しかもかなり大きな束で、長さは80cmぐらいあったです。
Okra leafという名前で売っているよ、というのも、Yokoさんから教わっていた通り。
オクラの葉っぱ、なるほどなあ。
ちょっとした花束並みの大きさで、$2でございました。

炒めたり、煮たり、スープに入れたり、お焼きに入れてみたりと、一束で大いに楽しみましたとも。
Yokoさんのおかげです、ありがとうございます!>私信

オーガニックのに出会った時は、グリーンスムージーにも入れますよ。
とろ~っ、となって、これまた美味しいんですよ。

* * * * *

【旅行】

7. 市民会館

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火薬塔の隣、プラハ旧市街にある、豪華なアールヌーボー様式の建物。
チェコの文化遺産の一つ、プラハ市民会館です。

さらっと内部を見ようと思って訪れたところ、ツアーに参加しないと中には入れないとのこと。
時間もあるし、じゃあ参加しよっか、ということで、英語ツアーに申し込んでみたですよ。

なので珍しく、ちょっと詳しく記録します。(あくまで当人比)
むっっっちゃくちゃ長くて冗漫なので、よほど興味のある方でない限り、以下は読まない方がいいですよ。(推奨)


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チケットを買う時に一緒に購入したのが、撮影許可証です。
これを首から下げている人だけ、写真を撮っても良いとのことで。
あああ、あの修道院でもこれが欲しかった……(未練)




(1) 市民会館の歴史

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元となったのは、中世にボヘミア王侯貴族が居住していた宮廷でしたが、
その後、神学校や教会、そして士官学校という用途を経て、1903年に取り壊され、空き地となっておりました。

プラハ王立評議会により、A・パルシャーネとO・ポリーフカの2人の建築家が、1905年から新しい建物の建造に取り掛かります。
チェコの文化の象徴となる壮大な会館が誕生したのは、1912年。
当時からコンサートや展示会場、舞踏会などの多目的施設として使われていました。

しかし、第二次大戦中にドイツ軍に荒らされ、共産主義時代はその思想に合わないとして、安っぽい催しだけに限って使われるようになっていたのですが、
その苦難の時代も終わり、ビロード革命後の1994~97年に、大々的な修復工事が行われ、本来の姿を取り戻したのだそうです。
当時の最先端技術をつぎ込んだ冷暖房設備やエレベーターなどは、現在でもなお利用されています。

内部にはムハ(ミュシャ)を始め、当時のチェコの第一級の芸術家達が制作した芸術品の数々が。
またインテリア類は、建設当時の写真を元に、限りなく完全に近いレプリカを作成し、展示されています。


(2) スメタナ・ホール

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市民会館の象徴ともいえるのが、このスメタナ・ホールです。
チェコが誇る国民的作曲家・スメタナの名を冠したこちら、1,200名を収容できる客席があり、プラハ交響楽団の本拠地です。


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当時としては斬新な建築方法であった、巨大なアーチ型の天井と、色ガラスと装飾格子で形作られた曲線を描く、ステンドグラスの装飾窓。
また、ステージ上のパイプオルガンは、世界最大級のものであり、国際オルガン・フェスティバルの会場となっています。


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ステージの左右にはそれぞれ、プラハ市長とチェコ大統領の為の席が。
バルコニー席とボックス席の欄干を飾るのは、チェコの作曲家達などを描いた絵画です。


(3) カフェ

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白い大理石の壁と大きな鏡。
スメタナ・ホールの客席から出て、すぐのところにあるカフェです。


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柱と壁に施された見事な漆喰の装飾加工は、さらに金メッキまでされちゃって、とにかく金ぴかー、なバロック様式。
なのですが、ところどころアール・ヌーボー様式も取り入れられているそうで、まあド素人な私は、へー・ほー・ふーん。


(4) スロヴァーツコ・サロン

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カフェから続くドアを抜けたところにある、小さなサロン。
モラヴィア地方にあるスロヴァーツコの民族模様が装飾のモチーフとなった為、この名前がつけられたそうですよ。


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面白かったのが、金属製のカタツムリが入った水槽です。
カタツムリが小さな噴水になっていて、作動はしてないのですが、中は見せてもらえました。
1909年のアール・ヌーボー様式のものだそうです。


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(5) ボジェナ・ニェムツォヴァーの小サロン

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ツアーなので、人を写真に入れないように撮ろうとすると、部屋の写真が撮れない……
つまり、あとで写真を見ても、どの部屋だったか何がなんだか。(人のせいにするんじゃねー)


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こちらは、チェコの有名女流作家であるボジェナ・ニェムツォヴァーの名がつけられたサロンです。
現在でも使用可能な噴水が部屋にあり、噴水上には彼女の小さな像が飾られています。


(6) オリエンタル・サロン

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アール・ヌーボー様式とオリエンタルな装飾が調和したこちらのサロン、チェスやカードなど、ゲームを楽しむ目的で作られたのだそうです。
市民会館ができた20世紀初頭は、東方への関心が高まっていた頃である為、
イスラム-アナトリア美術からインスピレーションを受けた装飾でデザインされています。


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ゲーム用の小テーブル、トネリコの木で作った壁の装飾など、調度品にまで贅沢に様々な彫刻が。
このサロンのインテリアは、1912年当初の姿を完全に保っているそうですよ。


(7) グレーグル・ホール

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19世紀チェコにおける重要な政治家であり、チェコ青年団や国民新聞の創始者であるユーリ・グレーグル博士にちなんで名づけられた、こちらのホール。
パーティなどの社交目的のホールである為、ステージやギャラリーが設けられています。


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またこちらは、フランチシェク・ジェニーシェクの壮大な絵画で有名です。
1911年作で、壁には生命の誕生から死に至るまでの過程を表した三部作が、
そして天井には、「生命、詩、死」のタイトルがついた絵画が描かれています。
クシジーク作の巨大なシャンデリアも見物でございました。


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(8) パラツキー・ホール

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19世紀、チェコの文化生活の為に尽力した歴史学者であり政治家であった、フランチシェク・パラツキー。
彼の名をとったこちらのホールは、ヤン・プレイスレルによる絵画が、天井と壁を飾っています。


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人工大理石の壁と大きな鏡。
パラツキーの彫像は勿論のこと、ドアの取っ手にまでエキゾチックな彫刻が施された、美しいホールです。


(9) 市長ホール

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市民会館の中でも特に名高いホールですが、その理由は、アルフォンス・ムハ(ミュシャ)が装飾を全て手がけたことによります。
個人的にも、最も印象の強かった部屋でございます。


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天井の壁画は、「スラヴの団結」という名の、スラヴ民族の人々の営みを描いたもの。
その天井に向かって、8人の人物画が描かれているのですが、それぞれチェコの歴史上で重要な役割を果たした人々が選ばれているんですね。

人物画だけでなく、その人物の性格を象徴する言葉も共に描かれていて、
例えば「ヤン・ジシカ=戦いに臨む勇者」、「ヤン・フス=正義」など。


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壁にも過去・未来・現代をテーマにした壁画があり、チェコ民族の歩んだ暗い歴史と、これから訪れるであろう明るい未来を夢見て描かれたもの、とされています。
ステンドグラスなど、ムハの典型的ともいえる装飾デザインで、豪華に飾られた、こちらのホール。
これだけの仕事を、全くの無償で引き受けたそうですから、たとえチェコを離れて生活していても、いかに彼の愛国心が強かったか、という証のようですね。


(10) リーグル・ホール

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ホール名は、チェコの政治家で新聞記者でもあった、フランチシェク・ラヂスラフ・リーグルから。
目立つ装飾は、壁にある2つの人物画。
1913年のマックス・シュヴァビンスキー作の、チェコの作家、画家、作曲家のポートレートで、タイトルは「チェコの春」だそうです。

スメタナやドボルザーク、彫刻家のミスルベク、作家のヤン・ネルダなど、
生きた時代も地域もバラバラな彼らを、ひとつの芸術作品として一同に揃えたということで、非常に珍しい絵だそう。そらそうだ。


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(11) スラトコフスキー・ホール

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ツアーの最後は、やはり19世紀の新聞記者で政治家であったカレル・スラトコフスキーの名をつけたホールです。
演説や講義を行う目的の場所である為、かなりシンプルな作りでございますね。


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真鍮製のシャンデリアは当時のままの姿で、壁はオークを素材を生かして使用。
絵画などがない分、素朴に映りますが、実は細部にまで気を配ったアール・ヌーボー様式のホールです。


(12) その他

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玄関ホールと中央クロークルームも、相当にごーじゃすですよね。
天然・人工の大理石を取り混ぜて使っていますが、実は当時、人工大理石の方が、着色や加工の技術の高さから、相当に高価であったとのことです。


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市民会館には、ほかにも食堂ホールや上階ホールもありますが、ツアーには含まれていないので、何か催し物があった時に入場できるそうですよ。
1階にはフレンチスタイルのカフェやレストランが、地下にはピルゼン・レストランとアメリカン・バーがあって、こちらはいつでも訪問可能。
特にアメリカン・バーは、オーストリア=ハンガリー帝国下にあった1912年、公には初の、女性が男性の同伴なしで入ることのできるバーとして開店したそうです。


8. 火薬塔

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もういっちょ、市民会館のすぐ隣にある、ゴシック様式の塔です。いやー、ごしっく、ごしっく。
古くは要塞の門だったそうですが、15世紀、ジャジェローネの設計で、高さ65mの塔が建てられました。

17世紀に入り、火薬貯蔵庫として利用されて以来、火薬塔と呼ばれるように。
19世紀後半に修復され、現在の姿になりました。
上りませんでしたが、頂上からは旧市街が一望でき、塔内はギャラリーとなっているそうです。
by senrufan | 2015-08-16 13:11


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