雑感微感

今回のエバーグレーズで、我が家が訪れた国立公園は14箇所になる。全体数から見たらほんの一部に過ぎないのだけれど。
行ったことのある公園は以下の通り。
・ヨセミテ
・セコイア&キングスキャニオン
・デスバレー
・ピナクル
・グランドキャニオン
・ザイオン
・化石の森
・アーチーズ
・イエローストーン
・グランドティトン
・カールスバッド
・ホワイトサンズ
・デナリ
・エバーグレーズ

他に国立公園ではないが、モニュメント・バレーやアリゾナ大隕石孔などなど。

中学時代ごろから漠然と思っていたのが、「いつか360度の地平線を見てみたい」という望み。ようやく願いがかなったと思えたのは、卒業旅行のオーストラリアにて。エアーズロックの上から眺めた景色が、確かに自分の中に浸透した気がした。
浸透した思いが蒔かれた種のように根をはったのか、願いはかなったものの、それは元々のぼやけた輪郭のイメージをクリアーなものにすり替えて、自分の一部となり。アメリカ赴任は正直全く自分の意図に反したことであったが、思いがけずそれは自分の中のその根付いた部分に、定期的に栄養と太陽の光を補給することを可能にした。ここにいられることを、私の一部は確かに幸せに思っている。

そのような環境の中に身を置くことは、私にとっておそらく教会に行くのと同じような意味があるのではないかと思う。
特定の宗教は持っていないが、自分という個が大きな流れの中の一つであることは常に念頭にある。自分の他に無数の命があり、それぞれに固有の価値があり、どこかで何らかの形で繋がっていて、無関係ではありえない。この流れの中には優劣は存在せず、ただ共に命を持つ。強いて言えばそれが私の宗教観なのだろうけど、日々の雑事の中で、視野はどうしても狭くなる。
国立公園という名前は全く必要ないが、時たまある場所とある大きさを実感したくなる時がある。その訪れる場所が、さりげなく甘やかされた形のものであることは十分に承知しているけれど。
あの広さに確かに感じる、人の手の届かない、人では成し得ない何かがあるという思い。それは、どんな言葉を聞くよりも素直に頭を垂れる気持ちにさせる。

そういう意味で、実は真に願うのは、一生に一度でいいから宇宙に出てみたかったということであったりする。残念ながら、生きている間は到底かないそうにないけれど。
人類で初めて地球大気圏外を一周した旧ソ連宇宙飛行士、ユーリ・ガガーリン。「地球は青かった」との名言で伝えられるが、飛行後、彼の人生観は大きく変わったという。
現在のところ、すでに400人近くの宇宙飛行士が地球外に出ているし、初期の頃のように大きく人生観が変わるようなことはないらしいが、それはある意味、”地球”という視点が着実に私達の中に育ちつつあると言えるのではないだろうか。
母国外で暮らすようになって”母国”という視点が生まれるように、宇宙に出れば、”地球””人間”という視点がより明確になるかもしれない。無限大の存在の中の一部ということが遥かに強く実感できるかもしれない。

自然の中の一生物として。必要なものを、必要な分だけ。返せるものは返し、取ったものは無駄にすることなく。それが当たり前の自分でいられたら、それでいい。
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by senrufan | 2005-04-03 12:56 | Trackback | Comments(0)
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