纏う鎧を脱ぎ捨てて (番外)

「途中であきらめちゃいけない。
途中であきらめてしまったら、得るものより失うもののほうがずっと多くなってしまうから」
   ----- ルイ・アームストロング
       (アメリカ人、ミュージシャン、1901年8月4日生まれ)


What a wonderful world - LOUIS ARMSTRONG



原爆、原発、憲法改正、米軍基地、………
とりあえず、この歌が昔から大好きです。


人種差別にも悩んだサッチモこと、ルイ・アームストロング氏は、以下のような言葉も残しているそうです。
「要するに私は、誰にも私を抱いてキッスしてくれとは頼まない。ただふつうの人間として公平に扱って欲しいのだ」

その彼が、自分が生まれた日から、ちょうど60年後の誕生日に、将来アメリカで初めてのアフリカ系アメリカ人の大統領になる人が生まれると知ったら、なんて言ったかなあ。

* * * * *

【アクティビティ】

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NVCの勉強会の間、参加された方の多くが、ご自分のコミュニケーションの悩みとして実例を挙げたのが、ご家族とのエピソード。
旦那様やお子様、ご両親やご兄弟について、だったりしたのです。
一番身近で、一番「感情」と「ニーズ」と「要求」が強く溢れ出す関係ですから、当然のこと、と思います。

では、その最も必要とする関係に、NVCの手法を使えるか?
親子関係のNVCワークショップを終えて、全くの個人的意見としては、YES、使えると思います。
ですが同時に、NVCである必要はない、とも考えます。

大切なのは、自分の感情が何に起因して、今どういう気持ちを抱いているか、目をそらさずに見つめること。
家族がどういう感情を抱いているか、どうして欲しいと思っているか、きちんと向き合うこと。
その人なりに、自分の気持ちと家族の気持ち、それぞれに寄り添う方法を見つけていれば、それで良い、と思うのです。




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私は、たった一人の子供を育てただけですから、人様に子育て論をぶち上げるなんてことは、到底できません。
ですので、あくまで自分の経験を通して、考えたこと、感じたこと。
随分前になりますが、一旦書いたのが、↓です。
ティーンの鬱・摂食障害 
 あの日、あの時、聞いた声(プロローグ) 
 あの日、あの時、繋いだ手 (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9)


この後、ゆかさんからHand in Handを教わって、まとめたのが↓。
自分なりに子育てを通じて学んだことと重なる部分が多く、励まされたようで嬉しかったことを覚えてます。
Hand in Hand Parenting  
 私を聴いて、私と歌って (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8)


コミュニケーションの基本として、自分なりにいつも大切と思うのは、「健全な想像力」
そして、「人と人が完全に理解し合うことはないという認識」、のように感じます。

自分とは違うのだ、という意識。
これをついつい忘れては、違うことに悲しんだり、怒ったり。家族を相手にしたら、尚のこと。
そのたびに、駄目だなあ……と常に反省です。そして、また繰り返す馬鹿。
違うから良いのであって、違うから対話したくなるのに、それに浮かれて、勝手に自分の都合の良いように期待してしまうという、この愚行。(くっ……)

違う思いを、聞いてみたい。どういう風に感じているんだろう。
それには、相手のみならず、自分の中を見つめる力がなければ、成し得ないことなので。
NVCでも、ほかの方法でも、自分だけが見つけたやり方でも。
自分とは違う相手と交流できるようにする訓練を、一生やっていくことになるんだろうなあ、と思います。

NVCの親子間コミュニケーションのワークショップを終えて、参加者一人ひとりが、自分の思うこと、感じたこと、悩みなどを話した時、私が言ったのは、以下のようなことでした。


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昨年の6月下旬から、お嬢が私の実家に滞在して、両親が大変良く面倒を見てくれた、この一年。
感謝・感謝の連続であったと同時に、母と私の間の子育てに対する意識の差を、色々と発見した機会でもありました。

何回か書いた通り、私は親に良い感じに放任してもらったことに、間違いなく感謝しております。
ほめられた記憶がほとんどなく、今でも何か言えば、ネガティブに返されるばかりですが、
奥底には私への信頼と愛情がある、と感じられるように接してくれたおかげで、苛立ちや反抗はあっても、愛情を疑うことはなかったのですけれど。

私は、お嬢に沢山のことを教えてもらって、母とは違う形の親子関係を選ぶことになり。
互いに笑って、泣いて、いっぱい話して、ありがとうもごめんなさいも、ためらうことなく口にする。
スカイプで毎日のように話せる時間を、幸せに思わないことはありません。

しかし母から見たら、お嬢は昔の私に比べて、甘ったれてるんだそうです。
彼女が私に色々話したり、会える間は一緒にいようとしてくれることが、母の目には甘えに映るのです。
私が、自分が18歳だった頃に比べて、お嬢は何倍もしっかりしている、と言っても信じてくれないのですよ。

私は、母を「甘えられる相手」として接してきませんでしたから。
愚痴や悩みは友達に話すもの、として、親には話しませんでしたから。

母は、甘える子供を知らない、そして、そうじゃない子供が正しい、という「評価」。
それを感じていたからこそ、私も母に愚痴をこぼすことはありませんでしたし、
また、こぼしたところで、絶対ネガティブに受けとめて返してくる相手に、打ち明ける気にはなれませんからねー。(身も蓋も)

お嬢のおかげで、親に甘えることのなかった自分、ほめられたかった自分に気づくことになりましたが、別にそれを恨みに思っているわけではなく、
ただ、母と私はそうだった、と受けとめているだけなのですけれど。
それでも、私はそういう親子関係を選ばなかった、というところに、自分の「気持ち」が確かに存在します。


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一応母に、さらっと話してはみたのですよ。
私は、親に愚痴や悩みを言わなかっただけで、その分、友達を頼っていたこと。
それを恨んでるわけではないけれど、私と娘は別の形を選んで、それがとても嬉しいこと、など。
でも、もちろん年齢的なこともあるのでしょうけれど、通じないし、分かってくれないのですな、これが。(がっくし)

それを認めてしまったら、自分が築いてきたと思っているものを、崩すことになりかねない。
年を経れば経るほど、そういうことに対する怖れと頑なさは、進んでいくばかり。

大好きで、ずっと尊敬している母との間でさえ、こういう風に形が、互いに対する思いが変わっていくことを目の当たりにして、改めて強く思ったことは、
お嬢との関係も、今は良いと思っていても、この先もずっとそうであるとは限らない。
だからこそ、いろんな経験をして変わっていく彼女と、常に変わらず良い関係で在り続ける為には、
私自身も変わっていかなければならないのですよね。
たとえ後で、彼女に「あの時は……」と恨み言を言われても、素直に受け入れて、過ちを認められる自分であるように。

虐待やいじめの最終的な解決法は、加害したとされる立場の人間が、間違いを認めて、真摯に謝罪することではないか、と思ったりするのですが。
それがいかに難しいか、というのは、至極わかりやすい話。
こんな卑近な言い方で申し訳ないのですが、誰だって自分の過ちを認めるのは、早々簡単にできることではありませんから。
また、その時の行為や言葉に、それほどの温度差があったのだ、ということさえも思い及ばなかったりしますから。

だからこそ、「健全な想像力」を育てること。人と自分は違う、という前提に立つこと。
自分の子供に働きかけると同時に、自分自身に常に言い聞かせていなければ。

両親を見ていて感じるのは、一種の焦燥感、だったりします。
年をとって変われなくなってしまう前に、もっともっと、今よりマシな人間になっていなければ。
変われなくなりつつあるなら、せめてそれに自覚的でいなければ。
お嬢を受け入れられる自分である為には、ダメな自分も受け入れなくては、できないことだから。

でないと、子供はあきらめてしまうのだ、ということも、両親との関係で学びましたから。

これから先、何年あるかわかりませんが、お嬢と親子でいられる限り、
また、大切に思う人達と一緒にいられる限り、葛藤し続けていくことなのだ、と思うのです。
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by senrufan | 2013-08-04 13:20 | Trackback | Comments(6)
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Commented by ノンノン at 2013-08-08 10:01 x
え~、アームストロングさんとオバマさんの誕生日が同じって! なんかすごい! 私もいっしょだったらすごくうれしかったかも(笑)。
Commented by Miyuki at 2013-08-09 05:18 x
*ノンノンさん
私もびっくりでした! きっとどこかに、どの誕生日に一番お金持ちが生まれているかとかのデータがあるんだろうなあ。私もこの日に生まれたかったです(笑)
Commented by ノンノン at 2013-08-11 01:33 x
最近、人はそれぞれどれぐらい違うのかということに興味があってですね。で、先日も脳科学の本(学者さんが著者)を読んでいたら、遺伝子を見ると「この人は仕事を伴侶や友人に手伝ってもらうとストレスが減る人」なのか「手伝ってもらっても別にストレスは減らない人(逆に増えたりする人もいる)」なのかがわかるんだそうです。そんなことまで遺伝子という本人のあずかり知らぬ、かつ本人の意志や根性!とかで変更不可能なところでで決まっちゃってるのか?と思ってびっくりしました。

Commented by ノンノン at 2013-08-11 01:34 x
続き

でも人って(私もそうですが)「同じ物事に関しては他の人も同じように感じるに違いない」と思い込んでいるところがあると思うんです。我が家にはエンジニアさん(配偶者ともいう)がいるのですが、エンジニアさんは私に「あ、ちょっとこれ手伝って」ということがないのです。というか手伝うと嫌な顔をする(笑)。私はこれを長年「何でなんだろう。信頼されてないのかな?」と思ってたんですよね。でもこの本を読んで思ったのですが、エンジニアさんは「ストレス減らない(人に手伝ってもらうとストレス増えることもある)遺伝子」の人で、私は「ストレス減る(少なくとも人に手伝われてもストレス増えない)遺伝子」の人なんじゃないかと。とすると、逆にエンジニアさんのほうは、「私が手伝って」というと、文句は言わない人ですが、内心「何甘えてるんだろう? 自立心足らないやつだな~」とか思ってたのかも。

う~んそうか不覚であった、そして深い!と思ったのでした。
Commented by Miyuki at 2013-08-11 12:26 x
*ノンノンさん
えーーっっ、そ、そうなんですか!!?? 遺伝子にそんなことまで組み込まれてるんだ、じゃなくて、そんなことまで調べられるようになっているんですねええええ~~~
なんつーか、努力も一つの才能、と思ってはきましたが、遺伝子レベルでそうだと言われてしまうと、救いがないというか、言い訳ができるというか、なんというか!
Commented by Miyuki at 2013-08-11 12:30 x
*ノンノンさん再び
それそれ、私もすごくそれがあって、百万回後悔しているのに、いまだに直らない不治の病(涙)
わははは、貴重な実体験のシェアをありがとうございます! でもほんと、配偶者になれるかどうかは、かなり遺伝子の力も大きいそうですね。たとえばつきあっている時、相手の体臭が嫌と感じたら、それは遺伝子が拒否反応を示しているということだそうで。頭では好きでも、身体が拒否していたりとか、いろんな反応がわかってきているようですね~。
で、そおゆうことを知るたび、我が家の配偶者との過去を振り返ってしまうのでございます……知らなかった自分に戻りたい(暴言)


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