纏う鎧を脱ぎ捨てて (中)

「空を飛ぶことを可能にしたのは、空を飛ぶ夢である」
   ----- カール・ライムント・ポパー
       (オーストリア→イギリス人、社会学者、1902年7月28日生まれ)


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COSTCOで見かけたので、買ってしまいました。
Cruncha ma-meという名前で、フリーズドライの枝豆スナックでございます。
「ma-me」と、間にハイフンが入っているのは、そのままだと「メイム」と読まれてしまうから、かしら。

化学調味料に弱いらしいワタクシが、原材料をチェックしたところ、
枝豆、sea salt、大豆パウダー、イースト、オニオンパウダー、ガーリックパウダー、ごま油、紅花油。
それぞれの品質はわからずとも、とりあえず余計なものは入ってないっぽい。
豆・枝豆大好き人間としては、ここは買うでしょう。(え)

食べてみたら、味よりも何よりも、口の中の乾き具合がハンパない
どんだけカラカラなの、フリーズドライ。つか、年寄りで唾液が少なくなってるんだな。(悟)

味は濃い目ですが、市販品ならこんなものかな、ということで、なかなか美味しかったですよ。
食べた後、口の中がちょっと腫れたりしたので、全くのナチュラルではないでしょうけれど(リトマス試験)、食べ過ぎなければ良いのだ。良いのだ。

で、今度はディハイドレーターで、自分で作ってみようと思っております。結局それかよ。


cruncha ma-me

* * * * *

【アクティビティ】

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勝手な前置きを済ませて、いよいよ、NVCを親子関係に応用する方法のワークショップ。
タイトルは、「共感のコミュニケーション~親子関係をもっとステキにするために」
子供のことを愛しているのに、どうして言い合いになってしまうのか。
悩むお母さんに、子供の本当の心と繋がる為のヒントを、NVCを通じて見つけましょう、という内容です。

参加したのは、主催のpyonさん、ゆかさん、私を含めて、生徒6人。
5歳までの小さいお子さんや、ぐんと上がって10歳のお子さんをお持ちのお母さん方で、皆さんそれぞれ、お子さんとの関係に悩んでいらっしゃったり、もっと良い関係にしたいと望んでいらっしゃる方ばかり。
ただ一人、18歳のデカいお子さん持ちの私は、そうそう、こういう悩みがあったなあ、と、一種おばあちゃんの心境で(……)参加させていただいたのでございます。

中に、NVCに触れること自体が初めて、という方もいらっしゃいましたので。
NVCの概略を紹介しながら、参加された方に提供していただいた、お子さんとのエピソードを例として、どう考えるか、どういう風にアプローチすることができるのか、練習しながら進んでいきました。




誰かに何かを打ち明けられた時、悩みを相談された時に、我々がとりやすい反応として、
NVCでは、以下の12のパターンを紹介しています。
大抵の人は、このうちのどれかが、習慣的に身についている、と言われてます。

1. アドバイスを与える
    自分が持っているアイディア、自分が良いと思うことを伝える

2. 分析する

3. 一枚上手になる
    例:「そんなの大したことないよ、私なんて~」

4. 情報を集める
    例:「どうなったの? いつから? 誰と?」
    
5. 評価・批判する
    
6. 同情する (sympathy)

7. 指図する、命令する

8. 物語を語る (story telling)
    例:「そういえば昔、私は~」

9. 教育する
    自分の持っている知識を相手に与える

10. 火に油を注ぐ
    例:「ほんとにひどいよね!」、「信じられない、もうそんなの、ほっときなよ!」

11. 感じさせない
    例:「そんなに悪くないよ」、「大したことないよ」、「考えすぎだ」

12. 注意をそらす、避ける
    例:「それより、美味しいものでも食べに行こう」

きくちさんが用意してくださった、12枚のカード。1枚につき、パターンが1つずつ書いてあります。
各自、適当にカードを引いて、それに書いてあるパターンでもって、
エピソードを提供してくださった方に対して応答する、というロールプレイングを行いまして。
その答え方に対して、どう感じたか、を皆で話し合いました。

NVCでは、上記12パターンが「悪い」とは、決して言いません。
ですが、「相手と深いところで繋がれなくて、相手の望む結果にならない可能性が高い」と。
実際、幾つかのパターンでは、むかつきを生みこそすれ(おい)、慰めには全然ならない、ということを、皆で体感いたしましたです。

しかし、他人ならまだしも、家族に対して、自分が習慣的に身につけたパターン以外で接しようとするのは、大変難しく。
NVCでは、「~でなければならない」といった、shouldやmustで表現される言い方はしないこと、
解釈や評価を入れないことを推奨されますが、家族に対してこそ、この手の言葉を良く使いがち。
自分と近い存在なので、どうしても期待や思い入れ、強い要求を覚えるから、でありますね。

では、どうしたら良いか?
それには、子供が抱く「本当のニーズ」だけでなく、親自身の「本当のニーズ」も見つけ出す必要があるのです。


例えば、ある子がご飯を食べ過ぎては、良くお腹を壊すとします。
当然お母さんは心配して、食べ過ぎないように注意しますが、子供は止まらない。
食事のたびに、「もっと食べたい」「それ以上は食べ過ぎ」というやりとりが交わされ、食事の時間がギスギスして辛い、とお母さんは悩んでいらっしゃいます。

この子を見て、お母さんが「食べ過ぎ」と思うのは、実は「評価」であって、「観察」ではありません。
お母さんの望む量より食べている、お母さんが安心と思う量を超えている、ということです。

お母さんの「食べ過ぎで心配」という感情の根には、子供が健康でほしい、一緒に楽しい食事の時間を過ごしたい、という大切なニーズがあります。
また子供には、「身体的幸福」という大きなニーズがあり、食欲に従って、食べたいだけ食べたい、と思っているのですね。

きくちさんのレクチャーでは、次のように進めたらどうか、と教わりました。
①「そうか、食べたいんだね」
   その瞬間、子供は「受け入れられた」と感じます。

②「今、おにぎりを2個、お味噌汁を1杯、このサラダとフルーツを食べたよね」
   「もう」とか「こんなに」といった言葉はつけず、観察した事実だけを伝えます。

③「あなたがお腹をこわすと、お母さんはとても悲しいなあ」
   親には何をしてもいい、と思いがちな子供は、悲しい、と正直に言うと、
   びっくりします。

④「だってお母さんは、あなたの健康がとても大事だから」
   ここで、心配なのよ、という言葉を使うと、勝手に心配していれば?と
   なりかねないので、要注意。
   
⑤「じゃあ、あとフルーツを1個食べて、今日はそれでおしまいにしてくれるかな」
   具体的でわかりやすい「要求(リクエスト)」をします。

⑥「ママが言ったことを、繰り返してくれる?」
   自分の言葉で反復させることで、どういう風に理解したかを確認します。
   もし意図した形で理解されていなければ、形を変えて、また伝えます。


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子供の気持ちを受け入れる為には、親側に心の余裕(space)が必要です。
一旦リアクションした後、その瞬間にスペースを作りなさい、ときくちさんはおっしゃいます。
そこで深呼吸する、というのも、身体からもっていくという意味で、有効です。

”良い親”になろうとしないこと。
”良い・悪い”は、「評価」です。
ましてや、”良い親になるべき”、なんてことはありません。

mustやshouldを言わない子育てを。
表面の言葉に気を取られるのではなく、その奥にある「ニーズ」と「感情」にだけ、焦点を当ててください。

親が言ったことに対して、子供が反発したり、「NO」と言うのは、それがリクエストではなく、命令である場合です。
親のdemand requestを感じると、反発するのです。
ちなみに、親からでなくても、反発するのが私です。(聞いてねえよ)

満たされないニーズの奥に、平和があることがあります。
悲しみ、怒りを、とことんまで味わうこと。逃げずに直面して、共に在ろうとすること。
その後、平和が訪れることが、確かにあるのです。
これこそが、思春期の子供であり、親であり、また、思春期の子供によりそう親の役割です。

「痛いよね」、「辛いよね」。
そばにいて、共感して、寄り添って。
「自由が欲しいのね」、 「チョイスが欲しいのね」。
ニーズがわからない時は、口を閉じて、ただ共感するだけでも良いのです。

NVCでは、「自己共感」と「共感」を、大きな木に例えます。
地面の下にある、「自己共感(自分の気持ち、ニーズ)」という根が深いほど、しっかりと張っているほど、
上の「自己表現」、そして「相手への共感(相手の気持ち、ニーズ」という枝が、大きく広く伸びていきます。
この木は、枝と根が同じ大きさになるのです。

親がたくさん「共感」を与えていくと、子供は「自己共感」という根を育てます。
そして自分を、より真摯に見つめるようになります。
ゆっくりと確実に、「自己共感」という根が子供に育てば、自分が見つめた気持ちを「自己表現」できるようになり、人に「具体的なリクエスト」を伝えられるようになり。
同時に、人が抱く気持ちやニーズへの「共感」が育っていくのです。


以上が、ワークショップで学んだ、と私が思ったことの羅列でございます。(NVCらしく)
ここまでは、やや断定口調で記録しましたが、次回は全くの個人的な感想など。
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by senrufan | 2013-07-28 11:21 | Trackback | Comments(4)
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Commented by tomi at 2013-07-30 13:40 x
miyukiさん;お越しを有難うございました。
さて前 の 纏う鎧.... を読ましていただきました、ワークショップも色々な事を教えてくれるんですね。

今日の まめね エダマメ として色々と売っているけれど
やはり この塩が多いのは難点ですね、フレッシユ が良いですね。

それにしてもこんなに沢山タイプが打てるのは素晴らしい~私は中途で嫌になります と この頃は年のせいかなぁなんてね。
昔は仕事では苦にならなかったのですが。
Commented by Miyuki at 2013-07-31 11:53 x
*tomiさん
こちらこそ、いつもありがとうございます!
周囲のいろんな人に恵まれて、様々な学びの機会を与えてもらっております。が、このすっぽ抜け頭で、一体どこまで理解してるんだか……

そうなんですよねえ、どうしても塩気がキツくて。でも私の好みに合わせてもらったら、売り物にならない薄味でしょうから(爆)、我慢します。

え、逆に私は、もっと短くできんのか! といつも自分に蹴りを入れておりますよ(涙) ぐだぐだと脇道ばかりに逸れてしまう私こそ、年のせいだと思いたい……けど無理……
Commented by KawazuKiyoshi at 2013-08-01 01:44
色んな食品添加物は
やっぱり、怖い気がします。
と言って、食べるものがほかにないときは
仕方がないですね。
麻生さんの話は、やっぱり、気になります。
ワイマール憲法とナチスの歴史を知っている人なら
決して言ってはいけないことだと思っています。
レトリックの問題ではなく、歴史の認識の問題だと思っているのです。
あの当時のドイツと日本が、余りにもよく似た状況だというのも
深く心しておかなければいけない気がしているんですよ。
でも
今日もスマイル
Commented by Miyuki at 2013-08-01 14:56 x
*Kawazuさん
怖いし、実際摂ると具合が悪くなるので、なるべく摂りたくないのですが、ねー。
先生のお言葉が胸に染みます。そして、危惧するものは同じと思っております。
ですが、あまりにマスコミが信じられなくなった昨今、ああいった話題は更に慎重にならざるをえませんね……それもまた、あの当時と似てきているのかもしれませんが。
ここ数ヶ月、日本の政治家と名乗る人達の、あまりの教養と”常識”の無さに、またそれを報道する側のわけのわからなさに、呆れるばかりです。
今までの日本の中では、それで通じていた、ということなのでしょうけれど、つくづくネットのある時代に生まれて良かったと思います。


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