見据える未来は一つだけ

「私たちは今を生き、未来を夢見、過去から永遠の真実を学ぶ」
   ----- 宋美齢
       (中国人、蒋介石夫人、1897年3月5日生まれ)

* * * * *

【個人的事情】

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元気にしてますか?
年末は、久しぶりに会えて嬉しかったよ~。や、久しぶりなんてもんじゃないか、12年ぶりってどんだけなの。(愕然)
雪の金沢、すごく素敵だったけど、あれだけ降るのも何年ぶりかのことなんだってね。

もう高校の卒業式が済んだとお母さんから聞いて、びっくりしたよー。もっとあとだと思ってたから。
でも思い出してみれば、自分の時も3月初旬だったかなあ……昔過ぎて覚えてないわ。(しくしく)




私は転校族だったし、元々の性格もあって、来るものは拒まないまでも、去るものは決して追わないどころか、去られる前に自分から去る、というヤツになっちゃって。高校で仲良かった友達も、卒業したらそれっきり。
だから私にとって大事なのは、高校を卒業して、大学以降で出会った友達で。その一人が、あなたのお母さんなんだな。
1年生の時、語学のクラスで一緒だったことで仲良くなったから、18歳からの付き合いということで、私の中では最古の友達だ。ちなみに、お母さんの自慢にはなりません。

それだけ淡白な私が、これだけ長く付き合ってこられたのは、これは真剣に言うけど、お母さんの人徳のおかげなんだよ。いやマジで。
あなたのお母さんは、ほんとにすごい人なんだよ~。とにかく、昔っから魅力に溢れてて。
それは、チアリーダー的な類いのじゃなくて、なんてゆーか、ユーモアと個性とシャープな知性、そして独特のセンス、かな。
会社に入ってもそれは健在で、結婚式に出席した時、彼女が部署の人達からいかに可愛がられているか、まざまざと実感したもんだった。

彼女の言によると、石橋が目の前にあった場合、彼女は「とりあえずばーっ!と最後まで渡って、それからどうしよっかな、と考えるタイプ」なのに対して、私は「叩いて叩いて、叩きすぎて割ってしまうタイプ」。(……)
そんな私から見たら、いかにお母さんが憧れで自慢の友達だったか、わかるでしょ(笑)
今では私も、だいぶ「渡ってから考えるタイプ」になったっぽい(あくまで当人比)けど、やっぱりいつも彼女は前にいてくれて、あの頃も今も、憧れる気持ちは変わらんです。


モテモテだった彼女が、一体どんな人を伴侶として選ぶかと思いきや、なんと見合いで、それもお母さんをしのぐほどの個性的な人だと知った時は、全くお母さんらしいと大笑い。
そんな2人から生まれたあなたは、そりゃあ最強ってモンでしょう。(にやり)

総合職で激務だったお母さんが、24歳という若さで結婚して。
追いかけるように私も25歳で結婚したすぐ後に、たまたま家に電話したら、
私、子どもができちゃってさー! しかもいきなり切迫早産で、絶対安静なのー」
とかゆったもんだから、青天の霹靂というか棚からぼたもちというか(激違)、とにかく腰を抜かすほど驚いたよー。


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白状すると、昔の私は、子供が苦手でね。自分が子供だからの同族嫌悪か(とんでもねえ)、どう対応していいかわからないし。
自分の周りに小さい子がいたこともなかったので、あなたが私にとっては初めての、「生まれた時からずっと」の子供、だったと思うんだ。や、「お腹の中にいた時からずっと」だな。

切迫早産の子は、生まれてからはむしろ強いと聞いた通り、すごく元気で、すごく身体の発達が早かったね。10ヶ月目には歩き始めて、運動神経も抜群で。
お母さんによると「身体だけのオンナ」(わはは)のあなたは、1歳の時には、すでに人格の基礎ができていたような。

身体だけでなく、自我も強くてね~。(ほめてます)
自分がこうしたいという意思がはっきりとあって、それに合わないことは頑としてやろうとしない。それが、一般幼児のレベルじゃなかったね。
周りと上手く折り合っていけないし、かといってそれを本人は全く気にせず、我が道を進む様子は、幼いながらに眩しくて(笑)
反感を買うかと思えば、これが逆に大勢のファンを獲得する始末で、お母さんは気苦労が多かっただろうけど、私には爽快なんてもんじゃなかったな。

そんなあなたがバレエに出会ったのは、4歳の時だったと思うんだけど。
お母さんが思い立って、教室の見学に連れて行ったら、その場で魅せられて、自分もやる、と言い出して。ちゃんと申し込んでから、と止めるお母さんに対して、「わたしもやるんだー!」と泣きながら、その場で服を脱ごうとしたんだっけ。
いまや、あなたの人生ともいえるバレエ。あの時に、出会うべくして出会ったんだね。

東京から高知、そして金沢へと引っ越して。
6歳の時にアメリカに来てくれた時は、ほんとに楽しい数日間だった。あなたがあなたらしく大きくなっていることが、嬉しくて仕方がなかったよ。

メールトラブルで連絡がとれなくなって、数年経ってしまったけど。
再会できたら、私達はまた前と同じようにいられる、という、これ以上ない自信だけがあったので、全然不安ではなくて。
実際、再会が叶ってみたら、ほんとにその通りだったからね。あなたのお母さんは、変わらず私の大好きな親友だよ。


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そして、色々と数年間の話を聞いてみれば。
バレエにうちこみながらも、見事進学校に合格したあなたとお母さんに、バレエ団の親子達からの陰湿ないじめ。
懐の深いお母さんは、そういう人達を責めたりしなかったけど、私は怒りのあまり、髪が逆立ちまくったよ。トゥシューズに画鋲とか入れられたりしなかったかい。(真顔)

決して特別な素質に恵まれたとはいえないあなたは、努力して、努力して、努力して。
あなたにしてみれば、踊れるということ自体が喜びで、努力とは思ってないのかもしれないけれど。
反対に、容姿その他には恵まれていても、受験や勉強との両立や、力が伸びないことに耐えかねて、やめていった女の子達を、あなたはどれだけ勿体無いと思ったことか。
そして、バレエ団にいるそういう女の子とお母さん達にとって、あなたは羨望と嫉妬の対象で。
自分達の努力が足りないことや、そこまで全てをバレエにかけられないことへの悲しさや情けなさを、あなた達にぶつけているだけなのは一目瞭然。

全国的なバレエコンクールで1位をとって、それからもレッスンとコンクールの連続である現在まで、あなたが得たものと失ったものは一体なんだろう。
それすらも、あなたにとっては考えるまでもないほどに、バレエ一途でいるのだと思うのだけど。


学業との両立はとても大変だっただろうけど、卒業できて良かった、良かった。
大学はいかず、これからは本当にバレエだけの生活になるんだね。
日本で職業舞踊手としてやっていくのは、とても難しいことなんだってね。欧米なら、もっと道があるのにね。
アメリカに来てくれるのなら、鼻息荒く援助したいところだけど、あなたにはヨーロッパの方が合うそうだから、それは諦めた。

踊れるなら、地の果てまでも行く、と言ったあなたの言葉には、嘘はひとかけらもないだろうから。
願うべきは、あなたが心ゆくまで踊れる場所が、早く見つかりますように、ということだけ。


素敵な娘さんに成長したあなたは、お母さんと同様、やっぱり変わらず私の憧れだよ。
子供が苦手で、結婚した後も親になる自信がなくて、なかなか踏み切れなかった私が、子供が欲しいと思うようになったのは、幾つかの理由や背景があるのだけど。
実はあなたとお母さんが、大きく背中を押してくれたことを、ここで初めて言っておくのだ。これも、あなたの自慢にはならないけど(笑)

幼いながら、はっきりと意志を持って、日に日にめざましく成長していくあなたを見ていて、
子供というものがこんな存在なら、私も一緒にいたい、と思ったこと。
自分を貫くあなたのそばで、葛藤しながらも包み込んで、理解と共に支えるお母さんを見ていて、
やはり自分を譲らず、周囲との摩擦もあったお嬢を育てる上で、心強い見本となってくれたこと。

あなたとお母さんのおかげで、私達は、お嬢という宝物に巡り会うことができたんだ。

それには、どれだけお礼を言っても足りないから。
できることはせめて、あなたがどこに行っても、応援し続けていくことをここに誓うんだ。

あなたの人生が新しいステージに上がったことに、心からの拍手と祝福を。
卒業、おめでとう。


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ところで、会わない間にお母さんったら、お友達とWebクラフトショップを始めてたんですよ。
昔から刺繍や編み物、パッチワークなどを、独学(?)でどんどんやっていたいた彼女らしく、大喜びで作品を拝見したですよ。
一緒にやってらっしゃるお友達の作品も、うっとりするほど素敵なんだなあ、これが。
私の周りには、どうしてこう、手先の器用なあーてぃすとが多いのか。(ほおぉ)(感嘆のため息)

特に、友人作のくまちゃんバレリーナに一目ぼれしたのですが、残念ながら売り切れで。
彼女に話したら、なんとプレゼントしてくれたのでありますよ。(大歓喜)
以来、ずっと一緒にいるのです。

友人のブログ、そしてクラフトショップのWebは↓です。

 おんぼらあと

 *Tete-a-Tete* ~キルトと布雑貨のお店~

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by senrufan | 2011-03-05 10:05 | Trackback
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