あの日、あの時、繋いだ手 (9)

「読むことは人を豊かにし、話し合うことは人を機敏にし、書くことは人を確かにする」
   ----- フランシス・ベーコン
       (イギリス人、哲学者、1561年1月22日生まれ)


前回記事に、貴重な追加情報でございます。

日本語訳はないと思っていた「Why Chinese Mothers Are Superior」ですが、
なんとばんずさんが全訳して、ブログに載せてくださっていらっしゃったのでありますよ~! それもまた、すんばらしい文章なんですよ~!

前回記事にも追記致しましたが、こちらでもリンクさせていただきます。

あなたはどう思いますか?中国人母のスパルタ教育

ばんずさん、お忙しいところ、本当にありがとうございました!
英語アレルギーの私、これから尻尾を振ってついてまいります所存。(大迷惑)

* * * * *

【雑事】

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このシリーズのプロローグ(吐血再び)で書いたこと。

「メールがさらっと書けない娘。お礼とかになると尚更で、ずっと下書きフォルダに入れたまま。」
「タイミングを逃したら意味がないんだよ、と説教しつつ、昔の自分もそうだったことを思い出す。」

言葉、言葉、言葉。
ここ1~2年で更に囚われるようになったのは、お嬢の思春期の間、彼女に対する自分の今までの言動や、思いを伝えることの本当の難しさを、何度も何度も思い知らされることになったから、なのです。

この時のコメントで、敬愛するまきりん♪さんから、こんな言葉をいただきました。
「心と言葉、ひいては行動をつなぐものって何だろう?ということ。心根が優しくても言葉遣いがぶっきら棒だと、人には想いが届きにくかったり、逆に口がうまいけど誠意のない奴もいるわけで、その辺りのことってどう判断したらいいのかな、と」

言葉を発する時に、その人の全体がそれにかかってくるように思ってしまえば、これほど怖いことはないように感じられて、ますます口を開けなくなるばかりですが。
逆に、オンラインなどの文字だけの遣り取りより、対面しての会話の方が、
自分次第で言葉の足りなさを補うことができる上、相手の人となりを把握できる、と考えれば、
むしろ積極的に出てみたくもなるわけで。

オンラインで知り合った方々と、オフでお会いすることを進めたのは、この理由もあったことは言うまでもありません。
ただ、相手の方からも、自分のオマヌケぶりを把握されてしまう、という点を失念していたところが、大変にワタクシでございます。(しまったああああ)




誰かと向き合って、言葉を交わす機会があったなら。
聞き上手になる為には、自分の”気持ち”を優先することがないように。
話し上手になる為には、自分の引き出しを沢山増やして、いろんな視点から物事を見られるように。
どちらも、相手の”気持ち”を汲み取ることを焦点に含んでいなければ、成せることではないでしょう。

だからまずは、「ありがとう」と「ごめんなさい」を、的確なタイミングで、心を込めて、と思うのですが。
感謝と謝罪の言葉が、表面的かどうかを見分けるのは、その後に変わるものがあるかどうかでも判断できる、と自分を追い詰めてしまったり。

「ごめんなさい」は、もう二度とやらない、という意味をも持っていて。
教えてくれてありがとう、と言うなら、学んだことを生かした結果を示してようやく、相手への感謝が完結するようにも感じられ。
本来、言葉とは、そこまでの重みと言霊を持っているはずだから、と。
ましてや、言葉という形にした約束事は、それだけの重さを自分の中に生じさせる分、人との温度差で悩むこともありました。

限られた語彙しか持たない幼い子の、その範囲内で”気持ち”を汲もうとすれば、実は言葉を尽くしてやり取りできる大人相手より、余程難しく。
更に、不安定な場所で泣いている十代の子の、”気持ち”を癒せる位置に立ちたい、と望んだ時。
本質を掴んで受け入れて、望む形で伝えるだけの「頭の良さ」が自分にあれば、と、どれだけ願ったかしれません。


ティーンに起こりうる、鬱や摂食障害などの心の病。
しかし、幼い頃に受けた心の傷が原因だとすれば、それがきちんと癒されない限り、ティーンを過ぎた後でも起こりうるのであって。
ただ、十代という、自分と周囲の見方が変わる不安定な時期に起こりやすい、というだけで。

現に、家族との問題はなく、思春期も無事に過ぎたはずの私でさえ、自分の子を通して過去の自分を省みることで、奥に埋もれていたものが現れて。
あの頃の理解力の及ぶ範囲より外であったが故に、凍り付いて止まっていた事柄が、この年になってようやく、咀嚼し切ることができたのでありましたから。

ティーンのケアや心の病については、それこそ百万もの専門家のアドバイスも、何億もの親御さんのご意見もあるでしょう。
なので、この拙いシリーズを通して、個人的に残したかったのは、その中のたった一つの視点、たった一人の経験に過ぎないことなのです。


幼い頃から精神的な虐待を受けて育った友人達の中で、子供を持つことを選択した2人がいます。

うち1人は、最初に結婚した相手からも虐待を受けて、拒食症でボロボロになって。
虐待の連鎖というものがあることから、自分の子供を同じ目に合わせかねない、と恐れていたのですけれど。
ようやくそんな殻を捨て去って、彼女をありのままに受け入れてくれる伴侶と出会った後に、子供に恵まれて。
溢れんばかりの愛情で子供に接する彼女に会うことができました。

もう1人も、涙が出るほどに温かく明るい子育てを展開していて、2人とも、いまだ自分の心とは闘っているものの、着実に前に進んでいる姿を、友人の一人として、心から誇らしく思います。

子供の頃も、思春期も、そして大人になってからも。
心のうちから出てくる”気持ち”は、愛されて、大切にされて、自分の”気持ち”が掬い取られることばかりを望んでしまいますが。

でも、大切にされるよりも、大切に思う存在を持つことで。
愛されるより、愛することで、癒される傷もあるのです。


もし、ご両親やお友達に対して、ずっと抱えている”気持ち”があったとしたら。
可能ならば、心の中のその”子供”に、話をさせることができたなら。

言わなくても伝わってくれれば、と願いながら、言葉にしなければ伝わらない、そういう事の方が、実はずっと多い、ということを。
子育てを通じて、思春期を通じて、自分自身を省みて。
一番強く思ったのは、誰もが基本と思っている、そんな事実であったのです。

お嬢の学校ではありませんが、学区内の高校で、また自殺者が出た先日に。
前に書いたこと、そしてこのシリーズで書いていることが、ただ独りよがりにしかすぎないことを噛み締めながら、
私にはただ、こういう癒され方もあるのだと言うことができるだけ、との思いを新たにしたのでありました。

手と手を繋ぐように、心と心を繋げる為に、言葉を紡いでいけたなら。
貴方に、貴女に、そして自分に、心から願ってやみません。



*-*-*-*-*-*-*-*-*

大変、お粗末至極でありました……
それでも見捨てずにお付き合い下さった方々、そして、温かいアドバイスやコメントを送ってくださったまきりん♪さんに、心から御礼を申し上げます。(三つ指平伏)

先日とある友人に、「あれだけ自分をさらすなんて勇気がある」と言われたんですよ。
言われるまで、晒してるという意識がなかったのも、大変私らしいエピソード。(もう泣くしか)

でも幸いなことに、ここは僻地この上ない場所なので。こんなことを書いて残したところで、別に誰も構わないよなー、なんて。
文才の無い私は、特にこの手のことは、自分で経験したことで綴るしか道がないのでございます。


開き直ったところで、ぐだぐだシリーズ・別名サラシモノは、実はまだこれからも続きます。

1つは前にちらっと書いた通り、摂食障害について、自分の食生活の変遷で体験したことを中心に。
これには、カナダ在住のセラピスト・まきりん♪さんという、大変心強い講師(?)をお迎えしますので、どうかお楽しみに! あ、その講義のとこだけ。

もう1つが、現在Public Healthを勉強中のSarahさんが、ご自分のブログで綴られる予定の、幾つかの問題に対して、私の方でも自分なりの見方を書いてみよう、というコラボ企画です。
まだ形式もテーマも未定なのですが、これは誰より私が楽しみで楽しみで。
学業でとても忙しい彼女なので、どうか無理のない範囲で、と願いつつも、Sarahさんの選ばれるテーマ・切り口を、今からわくわくして待っているところです。
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by senrufan | 2011-01-22 13:52 | Trackback | Comments(14)
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Commented by まきりん♪ at 2011-01-24 14:37 x
なんと、文中に私が以前コメした言葉が載っていてびっくり!言葉にこだわりのある私は言葉にフォーカスしすぎることによって、逆に筆舌に尽し難い大切なものを失っていないかな?と振り返ることがあったり。

次のシリーズでは講師などと身にあまるお役目をお示し頂き、光栄の至りに存じます。どれだけのことができるかは未知数ですが、Miyukiさんのシリーズ展開をとても楽しみにしています。
Commented by 初音 at 2011-01-25 07:16 x
おはようございます♪そちらは夕方?いそがしい時間ですね~

突然ですが”まきりんさん”(初めまして <(_ _)>)のお話が楽しみです♪
モイロン、Miyukiさんの次回作もですよぉ♪
言葉!これって難しいなぁ~って思う今日この頃です・・・^^;
でも、絶対に言葉に出さないと分からないものね♪
私は本来”人見知り”なので、基本人が怖いのですよ・・・言葉は武器にもなるし
癒しにもなる。Miyukiさんの自分からネット友と会って行こう!という考え
すごいなぁ~って思います!!私も会いたいと思います。やっぱり目を見て
言葉を交わしたい♪なんか矛盾してるコメントだけれど・・・(許してねぇ~)
中々Miyukiさんのような分かりやすく描けるか言えるか?それはわからないけど
言葉をドンドンと発していこうと思いました。今日もありがとうございます(^◇^)
Commented by 初音 at 2011-01-25 07:18 x
誤字脱字・・・・ごめんなさ~い~<(_ _)>
Commented by Miyuki at 2011-01-25 14:54 x
*まきりんさん
だってメンター様だから当然でしょう。(大いばり)
そなんですよね、言葉にこだわりすぎても、こだわらなくても大変で。その落としどころはいつになったらわかるんだろう、と日々落ち込んでばかりです。

むしろ私が、まきりんさんの貴重なお話をどれだけ伝えられるか、という方が余程問題ですよ……(汗) あああ、どうしましょう、すでに不安になってきました。これから水垢離でもしようかしら(違)
Commented by Miyuki at 2011-01-25 15:00 x
*初音さん
まきりんさんには、ほんとに個々にセラピーをお願いしたいぐらいで。日本ではまだまだセラピーは一般的ではないのでしょうか。もっとこう、ふらっと立ち寄れるような何か、だったらありがたいのですけどね~。
私もいまだに人見知りですよー! そんな私がオフで、と思ったこと自体、昔から私を知ってる人には驚異的なんですわ(笑)
それだけ、ここにいらしてくださる方々の”言葉”が魅力的だったということなんですねえ、これが。
初音さんの言葉、どんどん出してくださいませ! いつも楽しみに待ってますよ~vv
Commented by Miyuki at 2011-01-25 15:01 x
*初音さん
ご心配なく! 初音さんの言葉というだけで無問題。
私の方がよっぽどヒドいです……特に英語は(涙)
Commented by mame-honey at 2011-01-25 15:41 x
メールがすぐに書けないお嬢さんに共感〜。すぐに出さないと意味がないのも分かっているのに、そして分かっているからこそちょっとでもタイミングを逃すともう出せない。(苦笑)
言葉にしないと伝わらない、、本当ですね。言葉にしないうちに相手がいなくなったらココロの中の言葉も何処にも行けなくなっちゃいますものね(苦笑)でも、本当に伝えたい言葉が何なのか分からなかったりもするのですよね。だから分からないうちに言葉にしちゃうととんでもない事を言いそうで、、。私ってはスゴい粗忽者な気が、、(涙)
Commented by さまんた at 2011-01-25 17:43 x
以前『沈黙は金』ということわざが仏蘭西には存在しない、と夫が言っていたのを思い出します(あくまで夫談でございます)。というわけで私もしゃべらなきゃ損とばかりに普段ベラベラやってるわけですが、最近はしゃべればしゃべるほど自分の言いたいことから離れていく…それがたとえ母国語であっても、という実感が出てきてます。私にとってもMiyukiさんはオンライン上の関係で、いつも興味深く楽しい記事を読ませてもらい、それに対する自分の感想も聞いていただきたいなぁと思うわけですが、そんなわけで自分のコメントは後で自分で読んでみても『ズレてるなぁ…』と思うものが多く、書けば書くほど実はMiyukiさんを怖がらせてしまっている、なんてことになってないよう祈っております…。しかしこのお話を励みに、これからもバンバンコメント欄汚しをして行こうと思います!(←大迷惑)
Commented by Miyuki at 2011-01-26 12:12 x
*mame-honeyさん
私も、なんとかできるようになってきたのがごく最近だという(恥) なので、ティーンの彼女には難しいだろうなあと思います。
でもそうなんですよ、それで逃した機会があまりに多過ぎて。この年になると(え)、それこそ相手が亡くなられて、ということも数回あったので、こういう後悔を彼女にもmameさんにもしてほしくないのでございます~。
確かに、だからといって闇雲に並べ立てればいいものではないので難しいところですが、だったら一番大事な部分を、飾らずシンプルに。誠意が届くことを祈りながら、言葉にしていきたいですねvv
Commented by Miyuki at 2011-01-26 12:20 x
*さまんたさん
あはは、特に欧米諸国ではそうかも! そしてその「しゃべればしゃべるほど」の感覚、すっごく良くわかりますー! ノーナシの私は話せないままチャンスを逃すか、しゃべり過ぎて台無しにするかの両者を行ったり来たり(くっ…)なので、いかに相手の気持ちを汲んで適切な言葉を渡せるかが課題、というのが、このシリーズのテーマの一つだった、らしいです(ええっ!?)
でもってその課題にのっとって、大事なことは言葉にする試み一号。さまんたさんのコメントは、いつも感心・感動・涙と笑いで、本当にどれだけ感謝しておりますことか! おかげで、ノルマンディーは今の旅行希望先のトップです。これからもどうか沢山の言葉をいただきたく、伏してお願い申し上げます~。
Commented by まきりん♪ at 2011-01-26 16:33 x
☆Miyukiさん

心のことって言葉にして表すことがチャレンジな部分がありますよね。でも、そうしたいという思いは言葉を介して(それが上手なものでなくても)伝わる人には伝わっていく。英語が第二外国語の心理療法家の私の体験です。もちろん、Miyukiさんの優れた文章力、構成力を持ってしたら鬼に金棒!

☆初音さん

こちらこそ、よろしくお願い致します。

ネットでお知り合いになったMiyukiさんとオフでお会いして、ますます好きになってしましました(告白)。勇気を出してお目に掛かることで、かけがえのない友人ができるかも知れないんですよね。ネットってすごい!
Commented by ばんず at 2011-01-26 18:47 x
またまたリンクを張っていただきありがとうございます!
私のつたない素人翻訳をあたたかくご紹介いただき感謝でございます。

で、またまた今回も深いですね。 じっくりとかみ締めるように拝読いたしました。 言葉の重要性、私もブログやツイッター、そして友達とのメールで日々感じております。他人様からいただくちょっとした言葉で幸せになることってよくあります。ティーンのお嬢さんがお礼状をなかなか送れずにいらっしゃることなど、うんうん私もそうだったと。 お礼状の重要性なんてわかってきたのは30過ぎてからだと思います(恥) あと、自分がつらい思いをしたり、人生経験を積んだからこそ書けるメッセージっていうのもありますよね。
それから、「口のうまい」方って確かに存在するとは思うのですが、思いのつまったホンモノの言葉をいただくとそれはやっぱり心に伝わるものだと私は感じます。

ブログを通してリアルにお知り合いになった方って、私も何人かいらっしゃいますが、ブログってお人柄がダイレクトに伝わるツールなので、そこで意気投合した方は、実際にお会いすると初対面なのにそうでないようにお話できるのが醍醐味だと感じています。
Commented by Miyuki at 2011-01-27 13:50 x
*まきりんさん
そうそう、そうなのです、最後には思いは伝わると信じていないと、なかなか踏み出せないですよね。英語はロクデモナイものである分(涙)、せめて日本語ぐらいは。日本語はなんとか~~~~(心の叫び)

でへへへへへ~~~ (←初音さんへのコメントを拝読して)
Commented by Miyuki at 2011-01-27 14:00 x
*ばんずさん
御礼を申し上げたいのはこちらの方でございます! あれから何度も読ませていただきました。今日会った友達も、すばらしい訳だとうなっていましたよ~vv

ネットを介すると、ますます言葉の重要性が迫って感じられますね。幸せをいただくのも、悲しい気持ちにさせられるのも、実際に会ってやりとりする時とは、違うものを感じされられるような気すらします。私こそ、お礼状すらいまだに苦手なので(赤っ恥)、娘をとても叱れないんですよ、とほほ。
それでもおっしゃる通り、本当に嬉しく思った時の言葉は、拙くとも伝わってくれる、と私も信じてますvv

確かに! しばらく会ってなくても、ブログをお互いに見ていれば、昨日会ったかのように話せたりしますよね~。ただ最近思ったのは、人柄がうかがえるブログかどうかが大きくモノを言うなあ、と。日々を赤裸々に書くか、あえて日常を感じさせないように書くかで、ブログ経由の”縁”もまた違ってくるんだな、なんて考えているところでございます。
ばんずさんとも、いつか出会いがあれば嬉しいです♪


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