世界に一つだけの教科書を (3)

「失敗とは成功を味わい深くする調味料だ」
   ----- トルーマン・カポーティ
       (アメリカ人、作家、1924年9月30日生まれ)


「彼ら(アラスカの原住民)は命あるものはすべて、ほかのものすべてとつながりを持っている、ほかのすべてのものに依存して生きていると信じていたのです。
たとえばアリュート族の生命観では、サケは自分が食物となる運命であることをわきまえており、死んだあとは人間がそれを食べて命をつなぐのだという事実を受け入れていると、考えるのです。
そういうことはあまりキリスト教原理主義の概念にはないでしょう。敬意を表する、ということです。キリスト教の神は、信者たちに自分で選択する自由を許すほど、信者を尊重しない。だから信者たちも未来永劫神に救いを求めることをやめようとしない。神を尊重するからこそ、神にそれを求めないということはしないのです」
     
        --------- デイナ・スタベノウ 「燃えつきた森」より

* * * * *

【イベント】

        frameDSCF2862

まだまだ記録、文字の羅列。
先生のお声で記録できないのが、大変残念でございます。
データの解説も、精神的なお話も、あの温かくも深いお声でゆっくりと語られると、
理屈抜きで、抵抗感無しに、すうっ、と身体に染みてくれるのでした。




*-*-*-*-*-*-*-*-*

・離婚件数の増加
 不登校児童生徒数の増加
 自殺死亡数の増加
  最大の原因は?

・夫婦で一緒にご飯を食べない、それぞれ外食
  → 体調も考え方も変わり、話が合わなくなる

 結婚する = 食べ物を同じくする
  → 心が同じようになってくる
 子供もバラバラに食べていたら、家庭は崩れていく
 牛を好んで食べる夫、豚が好きな子供、チキンが好物な妻
  → 牛と豚がケンカしても、にわとりには止められない 

 家庭料理の基本は、なるべく多く一緒に食べること
 肉や刺激物の多い食事では、更にまとまりが悪くなる

・自殺 = 自信がない、元気がない = 腸が悪い
 ストレス = 自分の身体が悪い
         食べる物が悪くて身体が重く、物事に柔軟に対応できない

・食べ過ぎはダメ
 夜食を避ける (寝る前2~3時間)
 歌を歌う
 散歩する
 乾布摩擦をする

・皆さんは光です。 だから、明るく楽しく生きてください。

・食料自給率
 資源消費の増加と採掘寿命
  石油43年、ウラン73年、金31年

 国際連合の時代ではなく、人類の時代なのだ

・人類の時代は、愛の時代
  「愛とは、その人、その人々の命と夢の糧となって死ぬことである」(九司氏の定義)

 穀物や野菜、水、空気
  我々を支えて命を与えて死んでいく
  自然の愛

・「幸福とは、限りなき夢を追い求めていく、その毎日にある」(九司定義)
  幸 - 心の幸せ
  福 - 物質的な幸せ
    はるか彼方にあるのではなく、夢を追い求めている日々にある
    それが限りない夢であれば、限りなく幸福でいられる
    車を買うなどの一時的なものではない

・「夢とは、自分が無限であるということを実証すること」(九司定義)
  とこしえの、限りない、無限宇宙である
  体験し、実現すること
  人々に愛を与える
  人々の夢や命の糧になる

 もっといい定義が生まれたら、修正してください。

・人生の学び
  人生とは、たまゆらにすぎない
  天・地・人を見て勉強する
  人と話しながら学ぶ
  書物によって学ぶ
  無限から生まれて無限に帰ることを、命を知る為に学ぶ
   → 我々の心を育て、自覚を持ち、次の世代に生まれる準備
   → 愛によって、人々の糧になる

 そういう人生であってほしいと、皆さんに望みます。
 不幸にぶつかった時、まず自分を振り返ってください。
 何を食べた? 何をした?
 そして自分を変えてください。
 そして兄弟姉妹として支え合ってください。

「和」 = 「禾」(稲科植物、穀物)を「口」にすること
 何度も何度も口にして噛むことで、和が生まれる

 昨日、何を食べたか覚えているか
 何度も噛み、何を食べたかを身体でわかる、覚える、理解する

・マクロを学んでえらくなったわけではなく、幸せになったのだ
 幸せになることは、時間をかけること
 頭ごなしに命じる(自我)のではなく、一歩ずつ近づくこと

・食生活を変えるには、2,000年かかる
 次の世代にまかせて、今自分ができることをやればいい
 少しでも多く家族で食事をして

 終わりのないマクロの世界、一生勉強

 どうか健康で、
      幸福で、
        夢を
[PR]
by senrufan | 2010-09-30 09:56 | Trackback | Comments(12)
トラックバックURL : http://senrufan.exblog.jp/tb/14129569
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by シーラ at 2010-10-02 10:55 x
牛を好んで食べる夫、豚が好きな子供、チキンが好物な妻
  → 牛と豚がケンカしても、にわとりには止められない 

というところに目が釘付けになりました。

深いですねぇ。。。
Commented by Miyuki at 2010-10-02 14:50 x
*シーラさん
どわははは、さすが目の付け所が違います!
シーラさんなら勿論意味はおわかりかと思いますが、私も講演中に思いっきりウケました。
Commented by Sarah at 2010-10-02 15:09 x
素晴らしいお言葉の数々ですね。実際に会場で聞くと心にずんずん響いてくるのがわかるような気がします。
“不幸にぶつかった時、まず自分を振り返ってください”
偶然ですが、今週、陰陽五行のクラスで同じような話を聞きました。「自分を振り返る」ってあまりこちらでは聞かないので、すっかり忘れていたのですが、そこで何かを気がつくかどうかで、その先の人生が変わってくるのですから、大切なことだと思いました。その言葉を週に2回も聞くということは、か〜な〜り「振り返れ」ということなのでしょうね〜。(嗚呼)
Commented by shina_pooh_at_sfo at 2010-10-03 01:00
家族で一緒にご飯を食べる。これは大切ですねー。一日の中で一番会話をする時間ですから。食べるものが心のバランスにも大きく影響するというお考えにも大きく大きく賛同。家庭円満のためにも、自分の食生活と食への満足度を正していかなければ。(と、口だけなのをいい加減何とかしろって。)「乾布摩擦」、久し振りに耳にしました。・・・やばい、「寒風摩擦」だと思ってました。。アホ再認識。健康にいいのですね。今日からちょっとこすってみようかな。

Miyukiさんももちろんそうですが、こうして考えていらっしゃることをきっちり言葉にして、外に伝えられるという能力に尊敬のまなざしです。
Commented by usayamama at 2010-10-03 08:14
ああ、何だかとっても大切な事を仰っている。
今年は「食」について、色々考えさせられる出来事に遭遇
しております。
食べる事って何もお腹を満たすだけの行為じゃないんですよね。
ちょっとその辺の事を丁寧にしなくちゃダメだなあと反省!
Commented by Miyuki at 2010-10-03 13:22 x
*Sarahさん
こうやって羅列してしまうと、だいぶ色あせてしまうのが悲しくて。
「自分を振り返る」、確かにあまり聞きませんね(笑) でもそですか、五行のクラスで。さすが東洋発祥、って思い込みですか。いやいや、2回聞いたのは、これも引き寄せの法則ってもんですよ。鳥頭の私なんぞ、1時間ごとに誰かに言っていただきたいぐらいです。ぐすん。
Commented by Miyuki at 2010-10-03 13:27 x
*shinaさん
なんかね、その部分を聞いてた時に、なんだ、非行だ食育だって騒いでるけど、結局はこれが答えなんじゃん!と思ったんですよ。ですけど、それが私だと復唱できないの~~(涙) 乾布摩擦も良いですが、もっと効果的ですごく冒険的な体操があるんですよ~。「西式 裸療法」で検索してみてください、ふっふっふ。あ、私は実行してませんが。

「言葉にして伝える」ということについても、最近色々思うところが多く、それもまた言葉にしてみようとぼんやりと思っておりまする。
Commented by Miyuki at 2010-10-03 13:29 x
*usayamamaさん
そうなんですよ~、ほんとに大切なことって、こんなにもシンプルで、だからこそ美しいのだなあ、と思います。
うささんのブログを拝見してると、お勉強の合間に差し入れできるとしたら、どんなご飯がいいんだー、と考えてしまうんですよ。愛情だけは込められる自信があるのですが~~。
Commented by mifamilia at 2010-10-04 09:44
記事の続き、とても参考になりました。 

少しでも同じものが食べられるように、以前から意識はしていたのですけど、更にもっと意識していこうと思いました☆  一緒に食べる時間がほんとないので、朝ごはんを再開しようかな~
Commented by senrufan at 2010-10-04 10:55
*るしあママさん
そうそう、私も旦那と一緒にいられる時間は朝だけなので、せめてそばにいるようにはしてはいるのですが、やっぱり同じものを食べるのは難しいです~(涙) できたらこちら側に、と思ってしまうのがエゴですねえ。
Commented by ぺんぎん at 2010-10-06 10:08 x
そうなのよ〜。生菜食なんか食べようとすると、夫と一緒の食卓にならないし、夫も嫌がる(自分だけ美味しいものを食べるのが辛いらしい、しかも彼だけのために準備させるのも辛いらしい)ので、食卓の平和のためには、つい脱線メニューになってしまうんです。(言い訳95%)
奥さんがマクロビなどの食事法にハマってしまって、好きなものが食べられなくなったお父さんは、他所のお姉さんのところでご飯を食べて帰ってくるようになったりしかねません。
それも家庭崩壊への道なわけですし・・・
わたしが男だったら、きっとおいしいご飯を食べさせてくれるところに帰るようになってしまいそうです・・・

朝は夫も食べないけれど、一緒に食事をする日が多い我が家は、時分の食事法を貫くのは難しいなあ。今日は昼一人だから、生菜食をちゃんと食べる予定です〜。夜はまた脱線。

一緒に食事が出来ることが多いのも難しいし、朝しか一緒に食べられないのも難しいし、世の中難しいですね!

「食卓」に「家庭」を象徴させてるのでしょうが、それもなあ〜。

長文失礼しました〜。
Commented by Miyuki at 2010-10-06 12:05 x
*ぺんぎんさん
いえいえ、ぺんぎんさんのお宅は本当に素敵だと思いますよ~。理解あるご夫婦が寄り合った形だなあ、といつも憧れてますvv
うちなど、威嚇付で玄米菜食ですからね! 旦那は随分とガマンしてますからね! ……はっ、毎晩遅いのはもしかして……

ほんとに、2人そろって同じ方向が見られたら最高と思いますが、同時にお互いに少し違うものが好きで、それぞれに歩み寄って共有できるという形も素敵だと思うのですよ~。特にぺんぎんさんの場合、脱線しても元に戻すことができる方なので、余計に御宅の在り方に憧れちゃうんでしょうねワタシ。えへ。

一緒にいる食卓、これも実は家庭ごとの形を模索していくべきなんだろうなー、と思ってます。食事時だけじゃなく、家族生活トータルでプラスになる在り方というか。共働き夫婦はますます多くなってますから、食卓だけに限らずに考えていかないと、追い詰められるような気がします……


<< 十月・長月・季秋 世界に一つだけの教科書を (2) >>