天動説の信奉者

「成功者になろうとするのではなく、価値ある人になることを目指しましょう」
   ----- アルバート・アインシュタイン
       (スイス・ドイツ系アメリカ人、物理学者、1879年3月14日生まれ)

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【イベント】

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先日、San Francisco Symphonyのコンサートに行ってまいりました。えーと、つい1ヶ月ほど前の先日でございますが。(……)

秋に聴いたベルリン・フィルの余韻がまだ残っていて、正直、他のオケはあまり聴く気になっていなかったのですが。
Charles Dutoit指揮で、Holstの「The Planets(惑星)」という、魅惑のプログラムだったのでございますよ。
「惑星」はお嬢が好きというのと、私がデュトワを聴きたかったことに加えて、近くの市まで来てくれる日があったので、だったら行ってみるか、と予約したのであります。




演目は以下の2曲。

1. Walton Violin Concerto
  Andante tranquillo
  Presto capriccioso all'napolitana
  Vivace

2.  Holst The Planets
  Mars, the Bringer of War
  Venus, the Bringer of Peace
  Mercury, the Winged Messenger
  Jupiter, the Bringer of Jollity
  Saturn, the Bringer of Old Age
  Uranus, the Magician
  Neptune, the Mystic


こちらのホールには以前、お嬢の友達がソロを勤めたコンサートで訪れまして。音響はあまり良くないのですが、広々とした空間は○の場所。
但し、今回のコンサートで一番眉をしかめてしまったのは、オケでも音響でもなく、観客の態度でございました……いやはやもう、子供が行儀悪いのはわかるんですが、それ以上に大人が悪いのなんのって。(怒)
咳払いやおしゃべり、演奏中の席移動など、音楽に集中させてくれよ!と何度も青筋立てました。って、集中力のないオノレの未熟さを棚に上げてみるテストー。

演奏に対する、個人的・ド素人的感想は、というと。(ここ重要)
良くまとまっていて、バイオリンの独奏も素敵、明るめのSFシンフォニーのサウンドは心地よかったのですけれど。
やはりまだ心中に残るベルリン・サウンドが無意識に出張っては、SFをして、「軽い」「小粒」と思わせてくれちゃうのが悲しいところ。
曲の違いもあることは重々承知しているので、これはもう、私自身のただのこだわりと好み、に他なりません。

それでも、Marsの勇壮さ、Jupiterの壮大な響きから、最後のNeptuneの儚く消えていく余韻に至るまで、なかなかのものであったことは、ド素人なりに拍手で認めたいところ。
さすがに曲が後半に入ると、観客側も落ち着いてきたので、最後の、姿の見えない合唱の幻想的な響きまで、じっくりと聴き入ることができましたです。

改めて今、あのラベルを聴いたら、どんな感想を持つかなあ。
探り始めると、あまりの奥の深さにたじろいでしまうクラシック界なので、あくまで入り口付近でうろうろと。そんな楽しみ方でいけたら、などと、不謹慎なことを考えているのです。
てか、もっと深く入っていきたいと望んだところで、この音楽音痴&鑑賞力の無さでは、そこまで行くのが精一杯なんでありました。(胸を張る)

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San Francisco Symphony
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シャルル・デュトワを初めて聴いたのは、モントリオール交響楽団演奏で、ラベルの組曲「マ・メール・ロア」でした。
オケに在籍しながら、クラシック無知で有名だったワタクシ(……)、これがほとんど初めてのラベル鑑賞。
その軽やかなメロディーと、華やかさで彩られた演奏は、ドイツの重厚なサウンド贔屓であった私でさえも、十分に惹きつけられてしまうもので。
勿論それは、ラベルの曲との出会いによる感動が大きい、ということもわかっていたのですが、演奏していたデュトワ&モントリオールも、同様に脳裏に焼き付けられたのでございました。

以降のデュトワが、日本と縁深くあったのは、日本の皆様の周知の事実。
NHK交響楽団、札幌パシフィック・ミュージック・フェスティバル、宮崎国際音楽祭などの指揮者や音楽監督を勤められていらっしゃいましたね。
しかし、まさか日本ではなく、アメリカで生のデュトワの指揮が鑑賞できるとはなあ。(しみじみ)
いやほんとに、ここにいられて幸せです。日本だったら、到底チケット買えません。(ビンボー)


「惑星」のうち、「火星」や「木星」はとてもポピュラーなので、良く聴いてはいたのです。
が、作曲したホルスト自身や、曲の背景などについて調べたことはなかったので、今回の解説で、初めてその一端を知りました。

1874年9月21日、英国生まれ。
お母さんが神経症であったという彼は、その血を受け継ぎ、夜は不眠か悪夢を繰り返し、生涯に渡って神経衰弱に悩まされたそうです。

そんな彼を惹きつけたのは、インドの哲学と宗教です。自らサンスクリット語を学んだ彼は、それらの聖典や書籍を元にした賛美歌やオペラを作曲しています。
年を重ね、次に虜になったのは、占星術の世界。
なので、この組曲「惑星」は、そんな彼の哲学が余すところ無く反映された作品であった、ということなんですね。

1920年に初演された時の、ホルストの言葉によれば、
「この作品は、惑星の占星術的な重要性によって喚起されたものであり、同じ名を持つ神話の神々との繋がりはない」
だそうですよ。


それにつけても、お嬢と私がしみじみしたのは、今では惑星群からはずされただけでなく、かつて冠していた冥王星(Pluto)という名すらも失った、あの星を思ってのことでした。

占いに使うのも、曲を作るのも、番号やカテゴリーでくくるのも。
すべては、宇宙の中では点にすらならない、人間界だけでの営みで。
天体も星も、論議している人間が生まれる遥か昔から、そこにただ在るだけ、なのですね。
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by senrufan | 2010-03-14 13:16 | Trackback | Comments(0)
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