重力さえも味方につけて

「人を教えることはできない、ただ自悟させる手助けをするにすぎない」
   ----- ガリレオ・ガリレイ
       (イタリア人、天文学者、1564年2月15日生まれ)


ここ1ヶ月ほど、お嬢達が受け取っている、沢山のメールや手紙類。
中身はなんだ、つーと、米国内の様々な大学からの勧誘レター、なんですな。

えーと彼女達、まだSophomore(高2)なんですけど。願書を出すまでに、あと1年半以上あるんですけど。
なんて事実はどういう扱いになってるんだか、いやはやすごいな、来るわ来るわ。
コロンビア、ライス、ワシントン、マイアミ、ルイス&クラーク、シカゴ、セントルイスなどなど、現在まで40校ぐらいから。

こんなのを全米中の、学年を問わずに高校生全員に送ってるんだとしたら、紙代が、電気代が、郵送費が……と即座に考えてしまう自分@ビンボー体質に、涙が出た瞬間でございました。
どうせなら、家計簿を添付して返信してやろうかしら。(大変ダイレクトな拒絶法)


米国の厳しい経済状況を反映して、教育費も非常事態になっておりまして。
全米各地の大学で、学費値上げが続々と打ち出され、私立より学費の安い公立校に生徒が殺到しているのは、日本も米国も同様。
全米トップクラスの学費の高さを誇るスタンフォード大学でも、3.5%の値上げが検討されていて、実現すれば寮費と合わせて、年間5万ドルかかることになるんだとか。

こんな勧誘の手紙を全米にばらまくぐらいなら、少しでも費用を節約したらよかろうに。
なんて素人は思うわけですが、それで数人でも入学して、学費を払ってくれたら、あっさりチャラになるんだろうなあ、と思い直しましたです。


しかし、実際に申し込んだところで、入学させてくれるかどうかはわからない、というとこがなんとも、ねえ。(半目)

* * * * *

【学校】

b0059565_8215673.jpgずっと前に読んだ記事で、世界でも記憶力に優れた民族はロシア人だ、というのがありまして。
理由は、学校教育が丸暗記を基本としている上、試験が口述式なので、ということだったと思います。

日本の寺小屋時代では、教育といえば読み書き・そろばん
読み書きでは、論語を書き写す・暗記する、などということをやっていたわけですが、そういう教育法は実はかなり正しい、と思っている私にとって、なかなか印象深い記事であったのです。

そうしたら、先日母がくれた本・「米原万里を語る」の中で、当時のロシア教育(在プラハ・ソビエト学校での教育)がどのようであったかが描写されていて、ああやっぱり、と何度も頷きながら読みました。




以下は、ご本からの簡単なまとめです。
*-*-*-*-*-*-*-*-*

まず、1クラスは大体20人前後、これを超えると2つに割る。
生徒は全員、必携の日記帳を持っていて、毎日その日の時間割を書き込み、その横に、その日習ったことを書き込む。
更にその横に先生が書き込む欄があり、宿題の出来や、授業中にあてて答えさせた時の評価などを、5点方式で次々記入していく。
よって、成績は大変明朗で分かりやすい結果となる。

授業のやり方や評価は、テストの点だけを基にすることはない。
例えば地理の授業で、ボルガ川について、地理的な事実や文化的背景について、先生が講義する。
次の時間に、「ボルガについて話しなさい」とあてられた子は、先生や教科書と同じ説明をするだけでは、それが完璧であっても、4の評価しかもらえない。
それに加えて、自分が何か調べてきて、しかもそれをちゃんと皆が分かるように説明できないと、5にはならない。

それは、数学などでも同様で、図形の証明をさせられたとして、答えがあっていても、説明の仕方が悪いと5にならない。
全部分かるだけでなく、相手にわかるように説明できて初めて、その人は分かった、という評価になる。

低学年の間は、算数や音楽、美術の時間を除くと、全てが国語(ロシア語)の授業。
ロシアは有名な文学者に事欠かないが、例えばツルゲーネフの作品を暗唱しながら、
木の名前や時代背景、社会的風潮を覚えていく、というように、
国語であるロシア語を通して、理科も社会も教える。
言葉でちゃんと表現することで、将来も通用する知識が身につく、という考え方である。

小学校低学年では、科目自体は少なくて、算数と、国語(ロシア語)の手習いをする教科が2つあり、その中に社会も国語も理科も、全部入っている。
教科書に掲載されているのは、本格的な論文やエッセイで、植物学者ミチューリンの文章や、ツルゲーネフのエッセイなどがそのまま載っている。
それは、近代ロシア語で書かれた最も優れた文章を、幼い頃から読ませる、という姿勢からくる。

歴史は、4年生の時に簡単な通史をやって、5年生が古代、6年生が中世史というふうに、1年かけてじっくり1つの時代を教える。
ローマとカルタゴの戦争の陣形、ハンニバルは象をどう戦争で使ったか、ヤン・フスの処刑、中国の黄巾の乱など、生の資料を大量に読みこなし、それを人に分かりやすく説明することを繰り返すことで、確実に身につけていく。

徹底的に暗記させる。教科書に載っている本格的な小説も論文も、家で暗記してから登校し、学校で表現力豊かに発表させる。
これはヨーロッパでの教育全般についても言えるが、例えばバロックについての勉強では、その時代の音楽・美術・社会など、全てにわたってちゃんと調べていかなくてはならない。
その時代の音楽と絵画の共通項は何か、なぜこの時代にそういう芸術が生まれたのか、まで、
自分で考えて見つけ出す、という教育が徹底されていた。
*-*-*-*-*-*-*-*-*

何度も書いている通り、お嬢は日本の学校に大変憧れを持っているのですが。
教育の全てをその日本で受けてきた私から見れば、あの頃学んだことや、現在お嬢が通っている日系の塾での学習については、ほんとはこうじゃない方が…、と思うことに溢れていて。
それでも学生の頃は、その時をうまく乗り切る為に、割り切ってそこでのテクニックを身に着けた、というのが本音。結果として残ったのは、無知無教養なオノレの姿でございます……(しくしく)

なので、お嬢が現在、アメリカの高校で学んでいる内容を耳にするたび、ここで育ってくれて良かった、と思うことが度々あるのです。


大学まで出て、会社で働いて、いろんな人に会ってきましたが。
何度も繰り返し思うのが、「学校の成績が良い」ことと「頭が良い」ことは、必ずしもイコールではないのですよね。
勿論、双方揃っている人も沢山いらっしゃいましたが、少なくとも「学校の成績が良い」ことは、「頭が良い」度をはかる上では、一項目にしかすぎない、と個人的には思ってます。

では、そんな私が、「頭が良い」と感心してしまう人は、どんなタイプか、といえば。

まずは、知識が豊富なこと。
そして、その知識の応用ができること。
好奇心が旺盛なこと。
物事を様々な角度から見られること。
良い意味で、思考の脱線ができること。
論理的に、縦横に、物事を組み立てていけること。
自分で調べることに積極的であること。
人の意見に柔軟に耳を傾けること。
しかし、とらわれ過ぎず、また何かあった時にそのせいと思わぬよう、適度な距離を置けること。
結論に至るまでの道筋、そして結論は、自己責任で下すこと。

以上、「別名:私はできないことリスト」です。(ハツラツ)(もう涙も出ません)

こういう人間を、なるべく高い確率で育てようとした時に、どういう教育を施すべきなのか。
自分が学んできた過程において、今残っているもの・実際に役立っているもの・不必要だったもの、といった仕分けを行えば、答えは自ずと見えてくるような気がするのです。


ただ、「頭が良いこと」はイコール、「良い人間であること」ではない、ということも忘れてはなりませんよね。

例えば、健全な想像力を持っていること。
その想像力でもって、人の立場に立って物事を考えられること。
それは、理想とする教育環境においたところで、必ずしも全員がそう育つとは限らないことであって。

大人だなあ、と思わせられて、こちらに信頼感を抱かせてくれる人、というのは。
話し上手である以上に、聞き上手な人であったり。
こちらが口にしたことを、良く覚えていてくれる人であったり。
人の目を真っ直ぐに見てくれる人であったりする、と思うのですが。

私にとって、そういう人とは、自分の考えをしっかり持っている人であることがほとんどです。
しっかり持っているのに、それを相手に押し付けない。自分の足元が確かであればあるほど、声高に主張する必要がなくなってくるんだろう、と。
尚且つ、人の語ることに耳を傾け、心に新鮮に留めておける余裕がある。
そういう”心の自由”は、どうすれば身につけていけるのか、と考えた時に、また教育の問題に立ち返ることになってしまい。


14歳の時に、プラハから日本に帰国して、日本の教育に大変なショックを受けた米原万里さん。
思いつきを自由にさせるだけであって、本当に力をつけて自由に考えていくものではない。だったら、受験に向けた詰め込み教育の方がまだマシだ。
と思っていらっしゃったとのこと。

日本でいうところの”自由教育”は、子供に対して、好きにやりなさい、と放り出すものであったのに対し。
プラハのロシア学校での教育は、毎日懸命に勉強して、そういう学習を通じて、自分で考えるようになるということが自由なのだ、と教えるものであった。
と、米原さんと同じプラハの学校に在籍されていた編者の井上ユリさんと小森陽一さんは、述懐されていらっしゃいます。
「基礎学力とは、知識として知っていることではなく、
なぜこういう結果になったのか、なぜこういう仕組みに自然がなっているのか、
その”なぜ”という問いを自ら出して、それを自分で推論し、
皆で話し合いながら考え、調べ切れなかったところを先生がフォローしてくれる、
その過程で形成されるもの」

”なぜ”という問いを立てて、自力で、自分流の答えを出せるようになるかどうか。
教育のせいだけでは決してなく、自力でそのやり方を身につけることさえも避けてしまった、情けない大人である私にとって、それは。

学習や仕事のみならず、人生そのものに取り組む時は、どうかこういう姿勢でもって、
と、子供達に願ってやまない資質であるのです。
*-*-*-*-*-*-*-*-*

読書ブログが、完全に氷河期状態なので。(しかも永久凍土か)(求む温暖化)
本来はそちらに書くべきところ、あまりに長すぎるので、こちらに持ってきてみたというテスト。

感想はともかく、せめて読んだ本のタイトルぐらい。
と思ったので、しばらく→の「つぶろぐ」にのせてみる。ぷちTwitter利用気分。

これもほんとは、読書ブログの方でやるべきなんだけどなー。
でも、あっちにログインするのさえもめんどくさいんだよなー。(死んでこい)
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by senrufan | 2010-02-15 01:44 | Trackback | Comments(5)
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Commented by akiumi at 2010-02-17 14:31 x
いやあ・・・senrufanって本当にすごいですね。
ブログを拝見していると、「人生の一冊」を読んでいる気分になります。
いろんなことを考えさせられます~、今日も考えたことがいっぱいあって、でもそれをお伝えしたいよりも、感心しきりで言葉を失う感じです。
「出来ないことリスト」、senrufanさんの「得意なことリスト」に見えますけど?(笑)
私にはまさに出来ないことリストです。勉強は出来たほうだけど、社会に出て以来自分の頭の悪さに驚き続けです。
でも、senrufanさんの「大人」の条件には、まんざらあってなくもない気がしてちょっと嬉しいです。
まだまだ声高になっちゃうことが多いですけどね~
私は日本語の賢いって言う言葉がなんか好きです。知性も人格も高度にバランスが取れている、っていうイメージ。
で、senrufanさんは「賢い人」だと思います!
Commented by Miyuki at 2010-02-18 14:41 x
*akiumiさん
うわあ、以心伝心! 実は昨日とある文章を目にして、akiumiさんのことを思い出していたのです。後日また書かせていただきますが、コメントいただけてとても嬉しいですvv
いやいやいやいや、もしかしてあまりの駄文垂れ流し状態に言葉を失われたのではないかと危惧しておりますが!(大汗)
自分にないものに憧れるのが人の常。私が持っている資質は、あの中に一つもございませんです……私こそ、幼い頃から自分の頭の悪さに大変なコンプレックスを、というか、周りの人が持つ良さにいつも感心しては、なんで自分はだめなんだろう、と嘆くことを繰り返し。そのわりに努力しないので、改善もされないという情けなさ。
おおっ、私の中に、akiumiさんのイメージ=聞き上手で安定感のある大人の女性、が出来上がってきましたよ!
「賢い」は確かに素敵な言葉ですよね。あと、私は「聡明」も好きです♪ そう言っていただいて、むちゃくちゃ光栄でありますが、全然そんな言葉をいただけるヤツではございませんので、どうかお忘れくださいまし~~。でないと、いつかakiumiさんにお会いしたいと願っているのに、恥ずかしくて実物をさらせなくなりますので、どうかーー。
Commented by ゆう at 2010-02-18 16:31 x
来ちゃった^^;・・・まだお返事書いてないわぁ~・・・ごめんなさ~い!!

”家計簿を添付して返信してやろうかしら”うんうん、わかるよん(そそのかし?!)
日本教育は、とにかく忙しい!ゆとり教育とか言ってるけれど違うし・・・
めいっぱいお金がかかるし・・・自力でやるには難しい~
歴史などは、年々、教科書から消えていく大切な部分が多いように思う。
ロシアは、きめ細かい教育なのね?!日本みたいに”詰め込み”はよくないわ~
「自分で考えて見つけ出す」「なぜ?」これは、とっても大事なことだと思います
偉そうに書いてるけれど、私は出来てない・・・^^;
何かあったときに、ちゃんと自分で考える力があればなぁ~と、いつも
思ってる私です(苦笑)
「聡明」この言葉、私も好きですよぉ~♪
いつもMiyuki さんの書く文章にMiyuki さんって、きっと「聡明な人なんだろうな」
って思います!あ!お世辞ではないですよ!!
次はどんなことを書くのだろうって楽しみにしてるんです♪(脅してる?^^)
Commented by ゆう at 2010-02-18 16:33 x
☆追伸
私に対してのコメント、とっても嬉しかったです!本当に「ありがとうございます」
ちゃんと、お返事書きますよぉ~でも、言いたかったの!
Miyuki さんをギュ!ってしたいくらい!!ほんと、ありがとう♪(^^)v
Commented by Miyuki at 2010-02-19 13:35 x
*ゆうさん
いらっしゃーい! こうやって来ていただくことこそ、嬉しいお返事ではありませんか。どうかお気になさらず~。

そうですよねえ、日本の教育もいっぱい良い点があるんですが、色々とフェーズがかみ合ってないというか、一回打ち壊して立て直さないと難しいというかね。
歴史教育は数学よりも大事と思う私にとっては、かなり切ないことですねえ。
私こそ、学生時代をテクニックで乗り切ってきたせいで、自分で考えることがなかなかできず、ずっと悩んでいるんですよ~。なので、つい欧米式教育に惹かれてしまう傾向があるです。
ええ、お世辞ではないですよね、それは「大勘違い」と呼ぶべきでございますね。(真顔)
私こそ、ゆうさんの次の日記をいつも待ってる一人です!

わあい、いつでもギュッ!してくださあいvv ありがとうは、こちらが申し上げたい言葉です。いつもこんな僻地に来てくださって感謝です。


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