小さな足の、大きな一歩 (11)

Grandparents Day (U.S.A.)

* * * * *

【雑事】

7. ほんの一歩の例として (2)

もう一つ、現地校で過ごして欲しいと思った理由。
いろんな人がいて、その人の数だけ、いろんな考え方があって、それが当たり前であることを学んでほしかったのです。
髪や肌の色が違うこと。違う言葉を話すこと。
それは、未熟者の私のように、差別や偏見はいけない、と理性で判断するのではなく。
それこそ幼い頃に身につける言葉のように、自然発生的に身体と心に染みてくれれば、という望みがあったのですね。




このエリアはこれも嬉しいことに、様々な人種が集まって、様々な文化を垣間見ることができる場所であり。前にも書いたように、お嬢の1年生の時のクラスは、生徒13人中9人がバイリンガルだったという。
また、日本では”障害”とまとめられてしまうアレコレを持つ子に対する、サポートが手厚いこと。程度にもよりますが、できる限りレギュラークラスに入れていこう、という試みも多いです。

自分と違う人、自分にないものを持つ人。
いろんな話を見聞きして、ああ、そうか、と思って心掛けるのではなくて。違うということが悪い、というアイディアそのものがないように。
それは、理想が過ぎる望みであることは、ちゃんとわかっていたのですけれど。

実際のところ、これはなかなか困難でした。とういか、それがどこでも実現可能だったら、今頃この世界から、戦争はなくなっているはずですな。
米国の歴史は移民の歴史でもあり、黒人差別を乗り越えた国であるので、もっと自由かと思いきや、そうはいかないのが現状です。
やたら訴訟や裁判が多いのも、そういったいろんな価値観や制度を持つ人々をまとめるには、論理に特化して進めるしかないからで。その中でサバイバルするには、口と要領に長けてないといけません。

「人種差別をなくそう」という運動は同時に、「自分とは違う人種がいることを常に忘れさせない」働きをも持つのであり。
それによって、A人種からB人種へ、という一方通行ではなく、双方向で成り立つ差別と、差別を体の良い言い訳として利用する術とを生み出している、と思うのは、些か皮肉な見方でしょうか。

そういう偏見が全くない先生の庇護下に、それぞれルーツや条件が異なる幼児が集められたなら。肌の色や親の国籍や文化の差としてではなく、その子の意志・親の価値観として、物事を捌けていけたなら。
そこまでやったところで、そういう考えは、どうしても生まれてくるのかもしれませんが。

お嬢に身につけてほしかったのは、そういうアイディアにとらわれない大らかさ、でありましたが。
多人種にもまれることは、彼女が日本人だから悪いと責める中国人からの言葉や、髪が黒いのがみっともないと笑う白人のからかいなども受け取る、ということであり。
宿題をやっていくことに対しては、アジア人だから、と言われることもあるのだ、と何回も思い知らされて。
結果、彼女の中に育まれたのが、自分は日本人であるという、相当に強い誇りに似たものであったことは、全く予想外のことでした。


数年の短期滞在ならともかく、永住の可能性大で海外に滞在している子供達について、ずっと指摘し続けられてきたのは、「アイデンティティ」という問題です。
その子自身が、自分はどこの国の人間だと考えるようになるのか。国際結婚されているご家庭では、更に悩みは大きいでしょう。

しかし、お嬢に関しては。
親が日本人で、日本生まれで、日本国籍で、外見もどこから見ても日本人。(殴) どうしたって日本人以外のアイデンティティはありえない。
しかし、彼女ほど長くなると、少なくともこれだけ滞在したアメリカという国を、第二の母国と思うようになったところで不思議はないのです。
それが、そんな程度じゃないぞこれ、と真剣に思わせられ始めたのが、彼女が小学校高学年になった頃からだったかなあ、と。


幾つかの要因が重なって、彼女の中に生まれた「母国」は、日本で育った我々や、周囲の子供達と比較してもかなりの強さで、彼女の内部に、今ではかなりの場所を占めるようになっています。

それは、ずっと「あと2年」と言い続けて、短期滞在の姿勢を崩さなかったこともあるでしょうし。
学校が現地校中心であった分、家では日本、と徹底していたこともあるかもしれませんが。
それ以上に、人種関連の衝突やいさかい、価値観の差。そういうことを経験するたびに、それを興味ととらえるのではなく、苦さとして味わって、その時の悔しさや意地が、自分は日本人なんだ、いつか日本へ帰るんだ……という頑なさに繋がっていったのではないか、と、母としては推測しております。そして切なく、悲しく感じているのです。

加えて、反省しきりで思うのは。
結局私は、自分が培ってきた価値観を彼女に教えてきたわけで。
それは、謙遜や勤勉さの美徳であったり、逃げないことの真っ当さであったりして、まとめてみれば、日本で尊重されるもの、であったのですが。

現地校でのいざこざが起こるたびに思い知らされたのが、「言った者勝ち」「やった者勝ち」の、強さと要領がモノを言う世界であって。私がそれに対峙するに当たっても、彼女を徹底的にかばう、といったような、こちらのお母さん達が良く見せる姿勢ではなくて。
もちろん、相手や先生に否があると思えば、やんわりと伝えることこそしたものの。
客観的でなくてはいけないという思いから、彼女がとった行動や言動を省みさせては、相手のことを批判するより、自身を磨くことを要求し続けてきたのです。

私という人間は、何か事が起こった時、周囲に解決の種を求めるのではなく、自分に引き寄せて考える傾向にあります。
それは、決して自分に厳しいというようなことではなくて、他人は私の力では変えられないので、自分で変えられる部分を変えてしまう方がてっとり早いから、というのが大きくて。
嘆いてばかりで進まないよりは、何かできることをやった方がいい。そんな短絡さに起因します。

お嬢に対して私がやってきた”躾”は、結局こんな私の価値観の押し付け以外の何物でもなかったのです。
日本で培った価値観を子供に求めるお母さん達を見て、同情まで感じていながら、自分が娘にやったことは、全く同じことであったのです。

そんなことじゃなくて、泣いてる彼女を、ただ抱きしめてやるだけで良かったのに。
悔しい気持ちを、ただわかってやるだけで良かったのに。
大らかであれ、と娘に望みながら、一番手本にならなくてはいけない私が、狭い心から逃れることなく、彼女に接していたのではないか。

お嬢の「母国」への強い気持ちには、もちろん彼女自身の性格の成すところもありますが。
同時にその背景には、こんな母を持ったせいもあるのか、と、心からすまなく思うのです。
*-*-*-*-*-*-*-*-*

あと一回。あと一回。(言い聞かせ中)
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by senrufan | 2009-09-13 09:36 | Trackback | Comments(6)
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Commented by マミィ at 2009-09-15 14:51 x
お嬢さんにしてみたら、いつどんなことがあっても冷静にしっかりと話を聞いてくれるおかあさんがいつでもそばにいてくれたことが何より心強かったことでしょう。「おかあさんは自分の味方をしてくれない」と不満を言う半面、お嬢さんだって心の中では自分なりにちゃんといろいろと考えて、そしていつでも母の言わんとしていることと大きな愛を感じていたはず(特に大きくなって来てからは)。
それになにより、Miyukiさんのところは食生活がまさに愛情たっぷりですからねー。身体を直接むぎゅっとする代わりにおなかをしっかり抱きしめているじゃーないですかー。
継母、Miyukiさんからいろいろと学ばせていただいています。次回も楽しみにしていますー。
Commented by こっぺ at 2009-09-15 21:25 x
現地校のよさはそういうところにあるんだ、そういう見方もあるんだとわかりました。Miyukiさんとお嬢さんが経験されたこと、立ち向かったことは、私が在米中ずっと逃げていたことでした。人種が偏らない学校にいれたいと思っていた理由は、そうすれば日本人の息子が個人として認められやすいからと思ったからでした。でも人種の幅が広いということは、それだけ価値観の衝突もあるんですね。白状しますが、私はあまり他の文化の人と付き合いがないです。批判されて傷つきたくないからです。でもきっと、息子が学校に行くようになったら、その逃げていたことに向き合わないといけないのでしょうね。試されるんだなあってしみじみ。

しっかりと自分を持っている娘さんと、じっと見守るMiyukiさんはとってもいい関係だと思います。ほんと、Miyukiさんの愛情のこもったおいしい食事、私も食べたい(ずーずーしい)。
Commented by まきりん♪ at 2009-09-16 11:38 x
海外居住子女のアイデンティティの問題はカナダでもあるようです。
アメリカとカナダの学校内での様子の違いは分からないけれど、
その子によって自分をどう価値付けるかは違ってくるようで。
日本的な要素を持ち続けているお嬢さんは、Miyukiさんの影響(外因)
だけでなく、その欲求(内因)もあったからだと感じます。
これからどんなお嬢さんに育っていくのか楽しみですね。
Commented by Miyuki at 2009-09-16 13:53 x
*マミィさん
うわあん、姉さまったら相変わらずお優しい……!(感涙) いやもう、暴力鬼母としてしっかり位置づけられてますんでね~。しかしほんとに自分が育った環境が、自分の子にまで影響するんだなあ、としみじみ。私も親は全く同情してくれないタイプでしたが、私はそれに感謝したので、そのままお嬢にやってしまったのですけど、彼女はそういうタイプではなかったのか、それともこれから変わるのか。色々と楽しみでございます。
……実は今日のおかずもクレームがつきました、とほほ~。愛情だけでは、腕のまずさはカバーできない模様でございます……(泣き伏す) マミィさんみたいなすご腕のお母さんがいるマリオンちゃん達がうらやましいっす。
Commented by Miyuki at 2009-09-16 13:59 x
*こっぺさん
そうそう、そうなんです。私達なら逃げられるところ、彼女達は逃げられずに渦中にいるんですよね。私達の何倍もの濃さで、異国を体験してるんですよね~。私こそ、娘が小さい頃こそそれなりに付き合いがありましたが、今ではすっかり自分の心地よい人たち、つまり日本人のお友達しかおりませぬ。こっぺさんはこれからなので、きっとその苦労の分、報われる喜びや学びがあると思いますぞ!

うー、私は彼女が大好きなのですけど、果たして向こうはどう思ってるのやら、でございます(涙) 私などの食事でよろしければいつでも。ちなみに一度体験すれば、二度と食べたくならないという保障付でございますが(殴)
Commented by Miyuki at 2009-09-16 14:01 x
*まきりんさん
アイデンティティ問題は、それこそ全世界にありますよね。おっしゃる通り、子供によって千差万別なので、一人一人に対する密なウォッチングが必要なんでしょうね~。
娘の欲求は、日本オタク文化に触れることでより高まったような気がします(遠い目) ほんとに、どういう大人になるんだか、楽しみのような、いつまでも子供のままでいてほしいような。


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