Dear Mr. C

【イベント】

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お元気でお過ごしですか。そちらの様子はいかがですか。

お別れも言えないまま旅立たれたのが、5月の初旬。ご家族の皆様が、夏の陽射しと共に、少しずつ落ち着かれてきていらっしゃると良いのですが。

あの時は、どうしようもない衝撃を覚えて、情けないことに、日記に綴る言葉もあまり見つかりませんでしたが。
先生を慕う有志が集まってのセレモニーが開かれてから、ちょうど1ヶ月が経つ今日は、なんとか書けるような気がしましたので。
形にしないままでも、そちらにいらっしゃる先生は、すでに読み取っていらっしゃるのかもしれませんが。人の気持ちはおろか、自分の気持ちさえも把握しきれない未熟な私には、文字にすることでその手がかりを得られれば、と思うので。




いいセレモニーでした。本当に。
先生がどれほどすばらしい方だったか、どれほど多くの人達と関わって支えになっていてくださったかを、改めて目の当たりにすることができました。

沢山の歌は届きましたか。同僚の先生方のメッセージは、どう思われましたか。
あの時の「I miss you」という言葉の響きが、何人もの人の涙を誘っていましたね。

ご家族の皆様のメッセージの間中、涙が止まりませんでした。
息子さんの、お嬢さんの語られる先生は、ご家庭でもやはりすばらしい教師でいらっしゃったのだ、という父親像。励まして、勇気づけて、温かい目で見守って。
親としてそう在りたい、と思いながらも、人様どころか、自分の娘にさえもできない自分を振り返り。

ねえ、Mr. C、奥様の宝物はご存知だったんですか?
記念日に贈られた、一通のラブレター。花束でもお菓子でもないことに、最初はがっかりされた奥様が、あとになって、形として残っている貴方の手紙こそ、何よりの贈り物であったのだと。
どれほど辛いお気持ちかと思うのに、涙を見せず、微笑みながら話してくださって。さすがMrs. C、と思わせる、凛としたお姿でした。

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Audience Participationの時。会場の四方にすえられたマイクの前に並んだ人数に、きっと感激されたことと思います。
貴方との思い出を語って、皆でシェアしたいと進み出た人達の、なんと多かったことでしょうか。学校に教会にと、多数のコミュニティに身をおいていらっしゃった先生について、大人から子供まで。
時間さえ許せば、もっともっと耳を傾けていたかったのに。

お嬢のクラスメートの中でも、私のお気に入りだった彼。中学卒業の頃はまだ幼かった彼が、ぐっと体型が変わって、今は声変わりの最中で。
手を自由にしたら、何をしてしまうかわからないというように、両手を深くポケットにつっこんだままで。しゃがれた声で、涙を隠すことなく、話し続けた貴方のエピソード。

彼を始めとして、子供達が貴方について語る時に、必ず出てきた表現は、先生が彼らを「受け入れてくれた」という言葉。
認めてくれた、許してくれた、理解してくれた。類似する言葉を全てひっくるめて、貴方は受け入れてくれる人であった、と。それがとても嬉しくて励みになったのだ、と繰り返し。


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貴方と時を前後して、お嬢の高校で、2人の自殺者が出ましたが。
彼らはそちらにいるでしょうか。そちらで先生に会えているのでしょうか。
もし生前の彼らのそばに、貴方のような存在がいたなら、彼らの決断は変わっていたのでしょうか。

自ら命を断つ理由は、最終的には、本人にしかわからないものだと思ってます。
それは病気であったり、飢えや戦争などの極限状態であったり、もしくはどうしようもなく追い詰められてしまったり。
傍から見て納得できないものであっても、本人が限界、と思ってしまったら、きっと「死」が唯一無二の道に見えてしまうのかもしれません。

彼らがその道を選んだ理由は知りません。
ただ、周りの人の言葉からは、人気者で優しくて、不自由ない生活を送っていたように見える、ということしかわかりません。
先生が聞き出してくださって、こちらに教えていただけたらいいのに、と本気で思います。

Mr. C、2回目の悲劇の後の、高校側の対応をどう思われましたでしょうか。
そう、あの、「年度末試験の中止」処置です。起こったのが、ちょうど試験の直前であったので、それ以上生徒達にストレスを与えないように、という配慮で。
基本的には各先生の裁量にまかせる、となっていましたが、大部分の先生は、そのまま試験免除としましたよね。
これに、どうしても割り切れない気持ちばかりを抱いてしまった私は、やっぱり少数派なんでしょうか。

学校側としては、ある意味、仕方のない処置だったと思いますし、責める気持ちはないのです。
2人も自殺者を出してしまって、何か手を打たなくてはならなくて。
はっきりと公けに見えるようなものでは、こういう手段で生徒をいたわる・ストレスを軽減させる、ということが、間違いのないやり方であったのでしょう。

でも、もし一人一人に対することができたなら。こんな、ハレモノに触るようなやり方が、本当に正しいのかどうか。
と、どうしても疑問に思ってしまうのです。


以前にお嬢と、「今の子供は弱くなっているのか」ということについて、話し合ったことがありまして。
日記にも書いて、数人の方からありがたいコメントもいただいて、大事な記憶として残っているのですが。

お嬢は、今の子供の方が大変なのだ、自殺した人の気持ちがわかる、と言うのです。
子供の死のニュースを聞くたび、親御さんの気持ちを思って涙してしまう私に向かって、自分には親の気持ちはわからない、だって親になったことがないから、と。

だったら、いつか親になってみて、この気持ちを知ってくれたらいい、と思うのです。


あの頃の自分を振り返ってみましたが。
返す返すも、なんて自分勝手で甘ったれた子供だったか、と、頭を抱えてうずくまってしまいます。

外見も中身も、全てに対してコンプレックスの塊で。こうなりたいという理想とは、とんでもなく距離があり。
どうあがいても、憧れる人達とは自分は違うのだ、ということが、事実として何度も突きつけられて。
そのくせ、それに近づくだけの努力もせず。ただただ、なれない自分を嘆いては、もてあますやり切れなさをぶつけるところを探していたような。
ほんとに、甘ちゃん、としか言いようがなかったのだ、と、今になってみれば良くわかります。

でも、あの頃はそれが正しいと思ってました。
いっぱいいっぱいで先が見えないことが、ずっと続くのだと思ってたのです。

だから、私側からはお嬢の気持ちはわかるのです。それは、すでに一度通ってきた道なので。
周りにとても気をつかっていたようで、実は自分しか見えてない時期でした。
何を見ても、何を聞いても、結局自分に引きつけてしか感じられず。勝手にプレッシャーを作り上げては、悲劇のヒロインのようなことも考えて。
受け入れられることばかり願ってて。どうせだめだと落ち込みながら、どこかで認められることばかり望んでて。
大げさで、自己陶酔して、今思い出しても、赤面して転げ回りたくなるようなことの連続の。

でも、そうやって思い返して、転げ回ることのできる自分を幸せに思います。
あとで振り返ることができるのは、「今」があるからです。
狭すぎる視界で、先が見えないと思い込んでいた道を通り抜けて、その時の自分に幾つかの経験を加えることで、もう少しだけ大きくなれた自分が、この瞬間に在るからです。

今だって、あの頃と比べて、成長したなんて思ってません。
容姿や性格に対するコンプレックスは相変わらずですし、むしろ経験が増えるほど、年をとるほど、自分の無知さを思い知るばかりで。あの頃の方が、もっと自分は色々知っている気がしていましたのに。

それでも、もっと自信があっても良かったはずのあの頃より、今の方が数段楽なのは。
そんな何もかもをひっくるめて、自分を「受け入れる」ことができるようになってきたからなのだ、と思います。


理解は、その若さで理解できることに限られる、と思いませんか。
本当の答えは、常にその少し先にあって、その時の自分では手が届かなくて。
その若さを過ぎた頃に、振り返ってみてようやく理解できても、今度はその時に理解できないものに囲まれていて。

永遠にその繰り返しかと思うと、絶望に似た気持ちに襲われそうですが。
そうやって年を重ねるうちに、不思議とそれは、忍耐と期待に変わってきたようです。

その時にはずっと続くと思えても、必ず時は過ぎるのだと。
その時には変わらないと信じていても、いつかは変わる時が来るのだと。
幾度も繰り返すことで、その事実が身体に染み渡り、その変化を引き受けた上で、今の時間を生きるようになる。
それが、年を取る、ということでもありますね。


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セレモニーで、受け入れてくれた貴方への感謝を語った子供達。彼らは、貴方がどうやってそこに至ったかの道筋をわかっているでしょうか。
貴方のような人になりたい、と願ってほしい。
受け入れられたことを嬉しく思うなら、今度は自分が人を受け入れる存在になりたい、と願ってくれたなら。

「受け入れられること」より、「受け入れること」の喜びを。
「大切にされること」より、「大切な存在を持つこと」の幸福を。
それを知った時が、また”成長”の一歩であって。
そこに至るまでに物理的に必要なのが、”時間”であることを理解して。

受け入れなければ、受け入れられない。
心を開かなければ、相手からも開かれない。
受け入れるべきことの意味と幸せを知って、自分自身を受け入れる道ができる。
親という立場になって、どうしようもなく自分の子を愛しいと思う日々の続きに、その道があったのだ、と思います。

追い詰められた子供達に対して、私ごときが何が言えるでしょうか。
たとえ彼らの気持ちを生で打ち明けられる機会があっても、とても止められる自信がありません。
ただ私にできることは、それを通った後に、こんな形の幸せもあるのだ、と伝えることしかできないのです。

全ては移り変わるのだから。今の自分は、すでに一瞬前の自分ではないのだから。
見て、聞いて、知って、感じて、何もかもを取り込みながら大きくなって。
それが続いていくことを喜んでほしい、と願ってもいいですか。

ハンドラーが言ったように、親は子供自身の過ちからは、子供を守ることができません。できるのは愛することだけなのです。
だからこそ伝えたいのは、解決の鍵は自分の中にしかないのだ、ということを。
何かを変えようと思ったら、それは自分の中から始めるもので、周囲に求めるばかりでは、足踏みしているばかりだということを。
変わりたいという望みを持って、変えようという意思を強くして、実際に行動に移して、初めて起こること、なのですよね。

見守ることしかできない、いや、むしろ見守るだけしかしてはいけない。
そんな存在や気持ちを持てた時に、改めて彼らの選択を問うてみたいのです。


Mr. C。ソーシャルワーカーとして始まった貴方のキャリアが、いつしか教師という職に行き着いた時に、一番子供達に伝えたかったことは何ですか。
何よりも、子供達が幸福であることを願って、励まし続けて、内に在る可能性に向かって導いてくださった30年間。
貴方のことだからきっと、親になってからようやくわかったことではなく、その前から知っていらっしゃったことなのだ、と信じます。

ようやく理解できたことをもってしても、まだ自分自身が幸せであるばかりで、家族にすらそれを与えてあげられない自分を嘆くより。
私達の宝物である子供達に、貴方のような先生がいてくださったことを、本当に幸運に思います。

最後に、引用句が大好きだった先生の、中でもお気に入りの言葉をここに記します。
たびたび見返しては、Mr. C、貴方を思います。

またいつか、貴方に会えますように。
心からの感謝をこめて。
*-*-*-*-*-*-*-*-*

Words of wisdom from Gandhi:
"We must become the change we want to see."

"The best way to find yourself is to lose yourself in the service of others."

Einstein's inspiration:
"Try to become not a man of success, but try rather to become a man of value."

"The important thing is to not stop questioning. Curiosity has its own reason for existing. One cannot help but in awe when he contemplates the mysteries of eternity; of life; of the marvelous structure of reality..."


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by senrufan | 2009-07-12 03:50 | Trackback
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