小さな足の、大きな一歩 (6)

前回の日記で、朝顔の双葉の群生について書きましたら。
私の母から、間引かないで、ちゃんと分けて植え替えなさい、というアドバイスをもらいました。

母もまた、すばらしい緑の指を持っておりまして、よそ様の死にかけの植木を蘇らせたこと多数。
母からもらえなかった才能のあれこれは沢山ありますが、これもまたその一つだね、とじっと我が手を見る。あ、指、真っ黒。

せっかくのお達しだからと、お嬢に伝えましたところ、

「いや、自然の世界は弱肉強食。生き延びるヤツは生き延びろ、ということで」
「……それってつまり、自然淘汰」
「うん、ダーウィニズム」(きっぱり)

要は、あのままほっとく、ということだなオマエ。


緑の指には、立派な理由がありますが。
黒い指になるにも、明確な性格や理由があるのです。
事あるごとに、私の放任主義を責める彼女ですが、絶対アイツも似たような親になる、と確信しつつあります。

* * * * *

【雑事】

5. 読み聞かせについて

「何語を話すか、ということより、何語を読むか、ということの方が重要だ」
とおっしゃったのは、藤原正彦さんだったかと。
なので、以前に書いたように、母国語の本のみならず、翻訳本の数が世界でも類を見ないほど豊富な日本は、非常に恵まれているのでございますね。




家庭で英語を使わない日本人家庭の場合、子供が学ぶ英語は現地校から、になりますが。
子供同士や、先生から語りかけられる英語だけでは、現地の子に比べ、どうしても語彙が乏しくなるのは否めません。
小学校の低学年まで、全く英語に不自由していなかった子が、中学年になって、ぐっと難しくなった授業についていけなくなったりするのは、この語彙の不足にもよるところも大きいようで。

これは、日本語についても同様でありまして。
家庭で日本語といっても、どうしても普段使う言葉は限られてきますよね。
「歯をみがきなさーい」とか、「お風呂入りなさーい」とか。
日本語の語彙を増やすにも、やっぱり日常会話だけでは足りないので。

そこを補ってくれるのが、本の世界であるわけです。


しかし、0歳児から本を自分で読んでくれるような天才でない限り、幼いうちは「読む」のではなく、「読み聞かせ」で触れさせていくことになるのですが。
その場合のポイントとしては、どんなものがあるのでしょうか。


1. 日本語で
親御さんが一番得意で、一番自信を持って使える言葉にて。
ネイティブから習えるなんて、お子さんは幸せです。いやほんと。

2. 英語では
国際結婚されているご夫婦の場合は、それぞれの母国語で分担して読んであげられれば理想的。
ご夫婦とも日本人の場合は、例えば図書館に、カセットテープ付の絵本が沢山ありますので、それを一緒に楽しむ、というのは、なかなか良い手段。
やはり現地図書館のストーリータイムを利用したり、現地のお友達のお母さんに読んでもらったり、と、基本的にネイティブの方頼み。

お子さんの英語がなかなか伸びずに焦っている時期は、不安のあまり、英語の本の読み聞かせをしたくなりますが、ここはじっと我慢の子。
親の英語がネイティブ並みでない限り、残念ながらその発音やイントネーションが、そのままお子さんに真似されてしまう可能性が大でございます。(経験者は語る)

3. 途中で言葉を教えようとしない
お子さんによって、わからない言葉に当たった場合、気にしないでそのまま聞いている子と、わからない言葉を逐一たずねる子とに分かれるようですが。まずは、黙って最後まで聞けるように持っていければ、より良いのでは、と思います。
最後まで聞けるということは、些細な言葉よりも、そのストーリーそのものを楽しめていることですし、話に集中できる・わからない言葉を脳内で補完できる、といった読書姿勢を身につけていくことができますので。
本の世界の魅力を知ってくれれば、一生に渡っての友達になれるかも。

わからないところは、最後にまとめて聞く、というルールを作るのも一案。
そして最後までいった後は、すでに忘れているか(爆)、ストーリーの流れで気にならなくなっているといいですね。

4. 言葉を教える時はその言語で
日本語の単語を聞かれた時、できたら相当する英単語を教えるのではなく、別な日本語を使って教えるのがよろしいかと。
これは、「使い分け」対策にもなりますね。
ただしもちろん、お子さん次第でございます。


本が嫌いなお子さんには、TVやPCゲームで英語のものを、というやり方もありますが。
幼いうちは、その手のものを避けたい親御さんもいらっしゃるでしょうし、ゲーム時は脳の前頭葉が働いてない→発達しない、なんていう指摘もありますので、なかなか悩ましいところでございます。

言葉も大事ですが、読書はやっぱり、読解力、がキーポイント。
これを、一ヶ国語でしっかり育てられれば、別な言語でも大いに力を発揮してくれるのですね。
そして、同時に養っていければ嬉しいのが、「健全な想像力」に他なりません。

お子さんの成長の段階ごとに、タイミングが合った本と出会えれば、これに勝る読書経験はありませぬ。「早く読まなきゃ大人になっちゃう!」という某出版社のコピーは、まっこと真実でございます。
そういう本を見つけて、折り良く与えてあげられるかどうか。ましてや日本語の本の場合は、現地校の先生を頼りにするわけにはいきませんので。

現地図書館にも、日本語書籍は多少なりともありますし、ありがたい私設図書館をも開いてくださっている方々もいらっしゃいます。
日本語学校の図書コーナーや、お友達間の貸し借りも。

親側にとっても、大人になってから触れる絵本世界は、いろんな発見があって、新鮮でわくわくすることも。
お子さんとご一緒に楽しんでいけたら、何よりでございますね。
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68億人のうちの、お嬢という1人の例では。
本はそれこそ、0歳児からのお友達。
親が本好きな為、ままごとは逃げても、本だけは積極的に相手してやった、という個人的事情もありました。(殴)
本に限らず、「○○のお話して」というリクも良くありましたなあ。これは、私の想像力への試練でございました……(遠い目)


読み聞かせは、随分と長く続けてきました。
いつまでやったのかな? 少なくとも10歳ぐらいまで?
絵本のうちはまだ良かったのですが、何章にも分かれたような児童書になってくると、さすがに一晩に一冊というわけにはまいりません。実際、一章読むにもしんどかったり。
喉がかれてもう読めないというのに、あともう少し、もう少しとねだる娘と、何回も大ゲンカ。

「あとこれだけ読んでってば!」
「声が出ないって言ってんでしょ!!」(出てるじゃん)

読み聞かせがなくなったのは寂しいですが、あのケンカがなくなったのは嬉しいなー。

英語の本は、ごくごく簡単な単語だけのもの以外は、極力読まないようにしましたです。
夕方までのDaycareに行ってたので、本はそこで沢山読んでもらえてたし、帰ってきたら日本語を、というのもありましたので。

彼女が本格的に自分で英語の本を読むようになったのは、Kindergartenに入って、Phonicsを学んでから、ですが。
この頃には、私が英語の本を声に出して読むより、彼女が目で読む方が早くなったので、大手を振って、英語本の読み聞かせから撤退できましたです。やったね。

しかし、日本語の方はそうはいきません。
教育熱心でないことで有名な私は(…)、週1回の日本語補習校と宿題以外、一切家で教えませんでしたからねー。
懸命に教えて、それでもまだ読めないとイライラするより、自分で読んだ方が早いわ、とばかりに、ずっと読んでやってたわけです。トンデモ親だ。

それでも、補習校の読書感想文&作文コンクールには毎年入選してたので、自分で読めるかどうかより、まずは話を楽しめるかどうかなんだなあ、と。
現地校でも、数学苦手で英語が好きだし、日本語学校でも然り。どちらの国語が先であっても、そこで得られた「本を楽しむ力」は、そのままもう一言語の基礎となる、という例。

彼女が、年齢相応の日本語の本も自分で読むようになったのは、小学校の高学年になったぐらいから、だったような。
そして、彼女が本で読んで得た語彙は、どこかしらイントネーションや発音がおかしかったりするので、そのたびに訂正しております。
目で得た語彙には、こんな落とし穴もあるんだな、と微笑ましかったり。
それでも使おうとするところがえらい、と素直に思います。やっぱり言葉は、使わないと身につかないですもんね。


彼女に選んだ本は、昔私が読んでいた本を中心にして、あとは民話や神話を多く揃えましたです。
宗教に反対ではありませんが、彼女に特定の宗教を刷り込むことは避けておりまして。刷り込もうにも、私が特定の宗教は持たない身ですし。
ですが、幼い子がこの世界を把握するには、”神様”という存在が助けになる、と思っていたのです。

科学や化学やダーウィンは、大きくなれば、いやでも教えられることなので。
それよりも、この世界には、私たちの手の届かない大きなものがある、という畏敬の念。
いろんなものにそれぞれの命があって、いろんなものが大切で。
正義と悪がはっきりしてて、悪いものは悪い・良いものは良い、と明確に迷いなく。
そんな形で、まずは自分の世界を作っていってほしかったのです。

同時に、神話や昔話というものは、その国の文化の基盤でもありますので、これを押さえておきたい、というのもありました。
桃から生まれて、まさかりかついで、たぬきはずるくて泥舟に。犬はやっぱりポチだろう。
日本人としての”暗黙の了解”や”常識”が、昔話の中には無数にありますから。あ、童謡も忘れちゃいけません。

現地の方では、マザーグースは必須中の必須。
自分で読めるようになってからは、私が小さい頃に好きで、でもこちらに持ってきてなかった本の、原題や原作者名を調べて、こちらの図書館で借りては読ませました。


小学校も半ばになった頃には、商品ラベルや説明書まで目を通す、立派な活字中毒になり。
日本語の本が読めるようになってからは、母のマンガに手を出して。ようこそ、こちらの世界へ。
今では娘との間で、
「あたくしについてらっしゃい、ひろみ!」
「あきらめたら、そこで試合終了だよ」
という会話が、大変自然に、ボケツッコミ付で成り立つようになりました。

立派な日本人になったね、お嬢……!
と、感動に打ち震える母でございます。(非常識)
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by senrufan | 2009-06-30 07:33 | Trackback | Comments(4)
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Commented by やまばと at 2009-07-04 07:47 x
お嬢様、素晴らしい~!
ちょうど数日前、チーム活動の指導者が変わって練習がきついのだとぼやく娘に
私のような日本人にとっては「鬼コーチ」の存在が普通で、
以前の雰囲気は和気藹々で居心地良すぎにも思えたんだけど…。
ほら「アタックNo.1」、「エースをねらえ!」あと、バレーのドラマ、、、、
あれって…、なんだった?と問い
なにそれ?=無関心で対応されたばかりの中年ボケの母。

結局、「サインはV」の答は主人に聞いて得ました。。。。。。
Commented by Miyuki at 2009-07-04 09:18 x
*やまばとさん
わはは、そおゆう観点でおほめいただくとは光栄ですー!
こんなところも、母=鬼軍曹と似ているなあ、と。さすが同じB型。
そですよね、我々のような旧人類世代(くそう)には、アレが普通。むしろランニングは浜辺で、うさぎ飛びもまじえながら、涙ながらにやるもんだろう。(断言)

私も「サインはV!」は咄嗟には思い出せず……だって涙が出ちゃう、オバサンだもん……(泣)
Commented by こっぺ at 2009-07-07 08:26 x
とってもとっても、参考になりました。ありがとうございます。このシリーズ、本にしてもいいんじゃないでしょうか。すばらしい(じーん)。
乗り物大好きな息子は、もっか車や電車百科が大好きで、来る日も来る日も名前を覚えています。もうちょっと物語を読んであげたいと思いつつも、こんな時期があってもいいかなあと。昔話もよく読みますが、かちかち山はほんとにひどい話ですね。漫画もいいでしょうね。男の子にベルバラは無理だろうなあ。手塚おさむとか赤塚不二夫あたりから始めようかしら。←ドラえもんより年代もの選ぶあたりがアレです。
Commented by Miyuki at 2009-07-07 10:39 x
*こっぺさん
いえいえ、もうほんとに一意見として、さらっと流してやっていただければ! 本にですか、いいですねえ、携帯用サイズで作って、いざという時にティッシュ代わりに使ってもらえるようなものを(マジ)
乗り物大好きなお子さんを見ると、すっごくわくわくします! だってすごいですよね、あらゆる乗り物の名前や違いが即座にわかっちゃうんですもん。子供の無限の可能性を見せてくれるような、あの時期が大好きなのでございますvv
昔話は確かに残酷ですが、幼児にはあれでいいんじゃないか、とあとで思うようになりました。うまく言えませんが、昔は死も日常の一部で、それが自然で良いのだ、というかね~。
手塚おさむ、私も推奨したいです! しかし全部手放してしまったオノレに蹴り百発……(涙)


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